現在、高い没入感を実現するVRシステムは、VRゴーグル(HMD)を頭部に装着して利用することが前提となっている。しかし、VRゴーグルは高画質化や広視野化に伴い大型・重量化し、装着時の身体的負担が大きくなるという課題を抱えている。また、装着や調整の手間、複数人で利用する際の衛生管理なども、産業現場への導入を妨げる要因となっていた。

そうした中、九州大学(九大)は、頭部にデバイスを装着することなく、VRゴーグルと同様の没入型映像体験を実現する新しい光学系「Mountless Aerial HMD」を開発したことを9月30日に発表した。

  • Mountless Aerial HMDの外観。視聴者はシートに座るだけで、頭部に何も装着することなくVR体験を開始できる。外装カバー内に映像表示装置と光学系を搭載している (出所:九大ニュースリリースPDF)

    Mountless Aerial HMDの外観。視聴者はシートに座るだけで、頭部に何も装着することなくVR体験を開始できる。外装カバー内に映像表示装置と光学系を搭載している (出所:九大ニュースリリースPDF)

同成果は、九大大学院 システム情報科学研究院の福嶋政期准教授によるもの。詳細は、CGとインタラクティブ技術の国際会議「SIGGRAPH '26」の「Emerging Technologies」(先進技術展示)にて現地発表され(7月20日)、論文はACM(計算機協会)の「ACM Digital Library」にて公開された。なお、同国際会議に出展したデモ機の設計・製造は、日本信号の協力を得て実施された。

“頭に何も被らない”新たなVR体験を追求

VR技術は、ゲームやエンターテインメントだけでなく、医療や教育、技能訓練、建設機械の遠隔操作など、さまざまな分野で活用が進んでいる。

一方、高い没入感を得るためのVRゴーグルは冒頭で述べたような課題があり、産業現場などへのVR導入が進んでいない原因のひとつと考えられている。また、従来の立体映像技術も専用メガネや特殊な視聴環境を要することなどから、一般家庭や産業現場に広く定着するには至っていない。

そこで福嶋准教授は今回、VRを手軽に利用するアプローチとして、VRゴーグル自体の小型・軽量化ではなく、「頭部に装着する」という従来の前提そのものを見直し、頭部に何も装着しない新しいVR体験の実現をめざすことにした。

今回の研究成果

今回開発された「Mountless Aerial HMD」は、頭部にデバイスを装着することなく、VRゴーグルと同様の没入型映像を体験することが可能だ。表示装置の像を空中に結像させる「再帰透過光学素子」を利用し、視聴者の眼前の中空にHMDの左右接眼光学系の実像を形成。視聴者の眼が空中像の視聴可能な範囲に入ることで、前方遠方に両眼立体視の虚像を提示する仕組みだ。

  • 従来のVRゴーグル(HMD)と、今回開発されたMountless Aerial HMDの光学系の比較図。従来は頭部に装着していた接眼光学系を空中に形成することで、頭部へデバイスを装着することなく前方遠方に両眼立体視の虚像を提示する仕組みとなっている (出所:九大ニュースリリースPDF)

    従来のVRゴーグル(HMD)と、今回開発されたMountless Aerial HMDの光学系の比較図。従来は頭部に装着していた接眼光学系を空中に形成することで、頭部へデバイスを装着することなく前方遠方に両眼立体視の虚像を提示する仕組みとなっている (出所:九大ニュースリリースPDF)

映像表示装置や光学系はシートなどの環境側に配置されており、視聴者はシートに座るだけで、装着や位置調整を行うことなくそのままVR空間に没入できる。さらに、鏡を利用した光学設計により視野角を拡大し、空中像方式でありながら高い没入感を実現している点も特徴だ。

  • 視聴者から見える空中像。シートに座ると、左右それぞれの眼に対応した空中像が視聴者の目の前に出現する。この空中像へ眼を近づけることでVR映像を知覚することが可能だ (出所:九大ニュースリリースPDF)

    視聴者から見える空中像。シートに座ると、左右それぞれの眼に対応した空中像が視聴者の目の前に出現する。この空中像へ眼を近づけることでVR映像を知覚することが可能だ (出所:九大ニュースリリースPDF)

  • 空中像を通して知覚されるVR映像。視聴者の眼が空中像の視聴可能な範囲に入ると、前方遠方に両眼立体視によるVR映像が提示される。視聴者は頭部にデバイスを装着することなく、没入型映像を体験することができる (出所:九大ニュースリリースPDF)

    空中像を通して知覚されるVR映像。視聴者の眼が空中像の視聴可能な範囲に入ると、前方遠方に両眼立体視によるVR映像が提示される。視聴者は頭部にデバイスを装着することなく、没入型映像を体験することができる (出所:九大ニュースリリースPDF)

福嶋准教授は今後、建設機械や災害対応ロボットの遠隔操作、医療・教育分野における訓練システム、博物館やエンターテインメント施設など、多様な分野で実証を進めていく方針だ。また、企業との共同研究を通じ、操作性や安全性、光学性能のさらなる向上を図りながら社会実装をめざすとしている。

将来的には、「VRはゴーグルを被るもの」という前提を見直し、「被らないVR」という新しい選択肢を社会へ広げることで、これまで導入や活用が難しかったさまざまな現場での利用を促進し、新たな技術・産業の発展に貢献することをめざすという。

なお、デモ機の設計・製造で協力した日本信号は、今回の技術を同社製の重機ロボット「ZIZAI」に適用する可能性を検討中とのこと。