超新星爆発や天の川銀河の中心部などを観測するには、極短波長かつ高エネルギーの電磁波であるガンマ線を用いるのが適している。ただし、ガンマ線ならどのエネルギーでもいいわけではなく、100万eV(1MeV)以下の低エネルギーでの観測が重要だ。ところが、その領域のガンマ線に関しては高精度撮像法が存在しないことに加え、背景雑音の影響が大きいために天体の直接撮像が困難であり、新たな観測手法が求められていた。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)、北里大学、産業技術総合研究所(産総研)、京都大学(京大)の4者は、天の川銀河中心部からの低エネルギーガンマ線観測を目的として行われた大気球実験「SMILE-2+」で得られたデータを解析。低エネルギーガンマ線天文学において世界で初めて、天文学の標準となる幾何光学原理を用いた線形画像解析により、天の川銀河中心の陽電子消滅ガンマ線スペクトルを高精度で求めることに成功した。
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(左)代表的な従来の撮像法であるコンプトンカメラではガンマ線の方向が円環となるため、点線源の撮像も大きく広がる(Y. Mizumura, et al., J. Instrum., 9, C05045より引用されたもの)。(右)ETCCの点線源の画像。ETCCはガンマ線の方向が画像上の点となるため、点線源は1点に集中し、光学レンズと同じ線形画像が得られる (出所:JAXA Webサイト)
JAXAら4者が10月6日に共同発表したこの研究成果は、北里大 未来工学部の谷森達教授(京大名誉教授)、産総研 計量標準総合センターの池田智法研究員、京大大学院 理学研究科の高田淳史准教授、JAXA 宇宙科学研究所の水村好貴助教の共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する、素粒子物理学や宇宙論、重力理論などを扱う学術誌「Physical Review D」に掲載された。
ガンマ線天文学の課題と先行研究
ガンマ線のような高エネルギー電磁波は、可視光の光学望遠鏡のようにレンズや鏡で光を集めて「見たままの像」を結ばせることが困難だ。天体の明るさや形状が、他天体の有無や配置に左右されずに画像へ反映される撮像法「線形撮像」も容易ではなく、データから天体像を再現するには高度な解析処理が必要となる。特にMeV領域のガンマ線は扱いが難しく、未開拓領域「MeVギャップ」として長年残されてきた。
天の川銀河の中心部は、陽電子消滅や宇宙線加速など、宇宙物理学の重要課題が集中する領域だ。しかし、これまでの観測装置による撮像では非常に不明瞭なデータしか得られないことが大きな課題となっていた。また、背景雑音の影響も大きく、放射の起源や構造を明確に画像として捉えることは困難であり、全天の雑音とわずかな天の川銀河中心からのガンマ線をモデル化して推定する間接的な手法による結果に限られていた。
天の川銀河の中心領域からのMeVガンマ線を捉えることを目指し、2018年に実施された気球実験が「SMILE-2+」実験だ。この実験は、JAXA 宇宙科学研究所が年1回実施している大気球(成層圏気球)による飛翔機会を提供する「気球実験」で採択されたもので、オーストラリア中央部から打ち上げられ、約1日かけて観測を行った。
同実験において、MeVガンマ線の線形撮像を実現するために開発されたのが「電子飛跡検出型コンプトンカメラ」(ETCC)。最大の特徴は、ガンマ線によってコンプトン散乱された(弾き飛ばされた)電子の反跳方向をすべて記録できる点にある。これにより、従来は難しかったガンマ線の飛来方向をピンポイントで決定することができ、線形撮像が実現された。さらに、従来の解析手法に頼らず雑音を劇的に排除する技術も開発され、高感度な天体イメージングを実現した。
SMILE-2+実験の成果として、研究チームは2022年、天の川銀河の中心領域からのガンマ線を検出することに成功していた。今回、さらに観測データの解析を進め、ETCCの線形撮像の特色を活かして、天の川銀河の中心領域における精度の高いガンマ線スペクトルを求めることにした。
今回の研究成果
新たな解析の結果、天の川銀河の中心領域における150〜600keV帯域でのガンマ線観測において、世界で初めて「幾何光学に基づくイメージング分光法」に成功。幾何光学に基づくイメージング分光法とは、これまでは困難だった「光の直進性(幾何光学)を利用して、位置とエネルギーをそのまま正確に測定する手法」のことだ。
得られた観測データから天の川銀河の中心領域の空間分布や強度を精緻に評価したところ、中心領域からの陽電子放射は従来の観測結果の誤差範囲内ではあるものの、約2倍の高い強度が示されたという。
これは、中心領域のガンマ線放射が比較的強い可能性を示唆しており、その起源をより高精度な観測によって検証する必要性を改めて示す成果とのこと。未発見のダークマターや「原始ブラックホール」などを含む未知の起源についても、今後の観測による検証が期待されるとした。
ETCCは、MeV領域の宇宙に対する人類の視野を大きく広げる可能性を持つという。今後、より大型・高感度のETCCを用いた長時間気球観測や衛星観測が実現すれば、天の川銀河の中心領域だけでなく、超新星残骸、活動銀河核、ガンマ線バーストなどの詳細なMeVガンマ線画像を取得できる可能性が高まる。
その結果、宇宙に存在する反物質の起源、重元素生成の現場、宇宙線加速機構、ダークマターの解明など、現代宇宙物理学に残された重要課題への理解が飛躍的に進むことが期待されるという。
なお、現在ETCCはさらなる改良が行われており、新たに「SMILE-3」実験として、JAXA 宇宙科学研究所の2028年度大気球実験での実施・採択に向けた準備が進められている。