鉄鋼材料の製造過程において、特性劣化や精錬効率の低下の原因となる、溶融した「スラグ」(不純物である酸化物)と溶融した鉄鋼が接している境界面(界面)で起こる現象がある。これは地上では物性値の測定が困難なため、基礎的な理解があまり進んでいない。鉄鋼の生産・加工過程で起こる特性の劣化を防ぎ、界面張力を制御して思い通りの溶接形状を形成することは、高い品質の鉄鋼製品を生産するために不可欠であり、界面張力の特性やメカニズムの解明が強く望まれてきた。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は学習院大学と共同で、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟に設置された「静電浮遊炉」(ELF)を用いた宇宙実験を2018年より実施している。その新たな成果としてJAXAは、界面張力の計算に必要なスラグの密度について、最高1,942度まで測定することに成功したことを10月6日に発表した。

  • 静電浮遊炉の外観 (出所:JAXA Webサイト)

    静電浮遊炉の外観 (出所:JAXA Webサイト)

「静電浮遊法を用いた鉄鋼精錬プロセスの基礎研究〜高温融体の熱物性と界面現象〜」(Interfacial Energy)において、溶融した鉄鋼を溶けたスラグで包み込み、その揺れ方から2つの液体の境界に働く「界面張力」を調べた実験の成果で、学習院大学 理学部 物理学科の渡邉匡人教授、同・清宮優作氏らの研究チームによるもの。詳細は、熱物性を扱う専門論文誌「International Journal of Thermophysics」に掲載されている。

今回の研究成果

鉄鋼とスラグの融体(液体)同士が接する境界において、両者の境界面の面積を最小化しようとして働く力が界面張力だ。この力の大きさや温度による変化は、界面付近の流れに関わり、鉄鋼の製造や加工に影響を及ぼす。Interfacial Energyでは、鉄鋼を内側、スラグを外側とする二重液滴を形成し、その力を測定する手法の確立に取り組んでいる。

微小重力環境は、重力による2つの液体の位置の偏りを抑え、こうした液滴を保持する上で役立つ。また、静電浮遊炉を使えば、試料を容器に触れさせることなく加熱でき、容器との反応を避けることが可能だ。実験には、スラグの基本的な成分である酸化カルシウム、二酸化ケイ素、酸化鉄を混合した試料が用いられ、酸化鉄の配合量が異なる3種類の試料が、直径約2mmの球状に形成されて「きぼう」へと運ばれた。

  • 静電浮遊炉の構成 (出所:JAXA Webサイト)

    静電浮遊炉の構成 (出所:JAXA Webサイト)

静電浮遊炉での物性測定では、試料を浮かせたままレーザーで溶融させ、冷えていく液滴の影を撮影する。その輪郭から体積を算出し、実験後に測定した質量と組み合わせることで、温度ごとの密度が求められる。

今回は測定の結果、いずれの試料でも温度が高いほど密度がほぼ直線的に小さくなり、同じ温度では酸化鉄を多く含む試料ほど密度が大きくなることが確認された。試料によって測定範囲は異なるが、最高1,942度までのデータが得られたという。

さらに、回収した試料の成分分析結果と密度データから、一定量の物質が占める体積を表す「モル体積」が求められた。鉄を最も多く含む試料では、単純な体積の足し算に基づく見積もりよりも大きな値となり、組成による体積の変化についても知見が得られたという。

なお、液滴をわずかに変形させると、元の形に戻ろうとして振動する。この振動の様子を調べることで、界面張力を求めることが可能だ。ただし、振動の速さは界面張力だけではなく、液滴の大きさや、それぞれの液体の密度にも依存する。そのため、観察された振動から界面張力を計算するには、実験時の温度や組成に応じた密度を知る必要がある。

今回の測定によって、高温のスラグの密度が温度や成分によってどのように変化するのかを、実測に基づいて表せるようになった。これは、二重液滴の振動を界面張力の値へと結び付ける重要な情報となるものだ。

こうして得られた密度データによって、二重液滴の振動から界面張力を計算するために必要な情報のひとつが揃った。研究チームは今後、振動の測定結果と組み合わせることで、鉄とスラグの界面張力と、その温度による変化を調べていく方針だ。

このような研究は、鉄鋼精錬で起こる界面付近の流れや、鉄とスラグの分離を理解することにつながる。また、今回の密度データは、高温のスラグの流れや熱・物質の移動を予測するシミュレーションの基礎資料としての活用が期待されるとしている。