人口減少による人手不足が深刻になるなか、AIを活用したロボットなどが現実の空間で動く「フィジカルAI」を社会に普及させるために何が必要なのか。

10月8~9日に開催された「NTT docomo Business Forum’26」の特別講演では、川崎重工業 代表取締役 社長執行役員の橋本康彦氏、経済産業省 イノベーション・環境局長の菊川人吾氏、NTTドコモビジネス 代表取締役副社長 副社長執行役員 CCXOの工藤晶子氏が登壇。一企業や一業界では解決できない課題を前に、企業同士が協調すべき領域と競い合う領域をどう分けるかについて議論した。

2040年に現場人材260万人が不足

議論の出発点になったのは、日本の人口減少に伴う人手不足だ。菊川氏は、2040年には現場で働く人材(ブルーワーカー)が約260万人、介護人材が約57万人不足するとの試算を紹介した。

「人手不足は、事業をされている皆さんにとっても、目の前にある課題です。特に現場人材が非常に足りなくなっていて、2040年には約260万人が不足すると試算しています。そこをどう埋めていくかということです」(菊川氏)

菊川氏は、日本が産業用ロボットに強みを持つことにも言及。幅広い用途に対応する「多用途ロボット」の世界市場が将来約60兆円規模に拡大するとの見通しを示し、その約3分の1に当たる20兆円規模を日本が獲得したいとの考えを語った。

  • AIロボティクス戦略

    AIロボティクス戦略

一方、橋本氏はロボットの役割を単なる人手不足の補完にとどめるべきではないと強調した。

「ロボットは、人が人らしく生きるために存在するというのが大前提だと思っています。長く働くのではなく、短い時間で生産性を高め、老後も楽しく自由に暮らせるようにする。そこにロボットの大きな役割があります」(橋本氏)

ロボットの普及には共通基盤が必要

では、ロボットを工場の外へ広く導入するには何が必要か。工藤氏は自動運転を例に、競合企業同士が協力する「協調領域」と、各社が製品やサービスの付加価値で競う「競争領域」を分けて考える重要性を説明した。自動車業界では、自動運転を前提とした交通システムや通信、データ基盤を業界全体で共通化する方向が議論されているという。

また、橋本氏は、ロボットが移動能力と知能を備えるにつれ、自動車とロボットの境界も曖昧になっていくと指摘した。ロボットにも自動車と同様に、周囲の環境や設備との連携が課題になる。例えば病院内を移動するロボットでは、建物側の設備とどう連携するか、施設内の動線をどのように設計するかを考える必要があるという。

「同じ仕様で、どこの病院、どの施設、どの建物でもコミュニケーションできないと、いちいち対応しなければなりません。そこは共通基盤として整える必要があると思っています」(橋本氏)

  • 工藤晶子氏、橋本康彦氏、菊川人吾氏

    (左から)NTTドコモビジネス 工藤晶子氏、川崎重工業 橋本康彦氏、経済産業省 菊川人吾氏

橋本氏は、共通基盤を日本国内だけでなく海外とも連携できる仕様にすることが望ましいと語る。その基盤の上で、各社がロボットの性能やサービスを競い合うという発想だ。

工藤氏は、通信や計算基盤に加え、ロボットを動かすAIやロボットOSについても、どこまで協調領域として提供できるか検討する意向を示した。

通信・AI基盤の共通化で重複投資を減らす

こうした共通化を通信事業者の立場から進める構想として、工藤氏は「AI-Centric ICTプラットフォーム」を紹介した。メーカーも用途も異なるロボットや建設機械、自動運転車などを連携させるには、制御に必要な低遅延通信、現場近くに配置する計算基盤、複数の機器を一括して管理する管制システムが必要になる。

「これを各社ごとに構築するのは明らかな重複投資だと思っています。異なるメーカーの機器を同じ現場で動かすための基盤を、協調領域として提供できないかと考えています」(工藤氏)

同構想では、5G、IOWNのオールフォトニクス・ネットワーク(APN)、モバイルエッジコンピューティング(MEC)などを活用する。ロボットに近い場所でAIによる推論を行い、現場から集まったデータをAIの学習に利用する。学習によって更新されたアルゴリズムを推論AIに反映し、現場の運用を継続的に改善することを目指す。

セキュリティについては、ネットワーク側に脅威の検知と遮断の機能を組み込む方針を説明した。脅威検知機能を備えたネットワークサービスは、すでに提供されているという。また、信頼できるデータの提供者を確認し、データを適切に連携させる「Trusted Data Fabric」構想にも言及した。

橋本氏も、メーカー側の立場から共通基盤への期待を示した。

「ロボットだけで完結する世界ではなくなってきています。建物などとつながる部分をセキュリティの高い仕組みで支えていただければ、我々は製品の開発に集中できます」(橋本氏)

政府が利用者となる構想と標準化の課題

ただし、ロボットの普及を阻む課題は技術面だけではない。橋本氏は社会実装の壁として、ネットワークの安全性や安定性に加え、各種の許可や規制、運用ルールへの対応を挙げた。

「社会実装するには、いろいろなところでルールをクリアしなければならず、それがスピードを遅くしている面があります。3年後に出しても競争力がなくなってしまうので、インフラと制度の両面でスピードを上げる必要があります」(橋本氏)

  • 橋本康彦氏

介護ロボットの導入一つを考えても、介護とAIでは所管する省庁が異なる。菊川氏は、災害対応に関わった経験から、水道管や通信ケーブルなどの所管省庁が分かれており、現場では分野をまたぐ調整が必要だったと振り返った。こうした縦割りに起因する課題への対応として、政府調達の見直しにも言及。例えば、複数の省庁が利用する衛星データを、それぞれ別々に調達するのではなく、まとめて発注する考えを示した。

また、公共性の高いサービスロボットについても、政府調達を通じて普及を進める可能性を語った。

「公共性の高いサービスロボットの分野では、自治体や政府が最初にユーザーになって、一緒に現場の課題を乗り越えていく。そういう仕組みをつくりたいと思っています」(菊川氏)

具体例として挙げたのが、災害時の避難所で高齢者のケアや見守りを支えるロボットの活用だ。行政が初期の利用者となり、実際の利用を通じて改良と実績の蓄積が進めば、コストが下がり、その後の導入に対する心理的なハードルも低くなるという考えだ。

技術の標準化についても検討していく必要があるだろう。菊川氏は、ロボットが自動車や建物、介護施設などさまざまな場所で使われるようになると、業界ごとに別々に考えてきた仕組みにも共通部分が見つかると語る。

「例えば、自動車に乗り込むときのドアと、部屋に入るときのドアには、共通項が出てくるはずです。競争領域の中でも、本来は協調していくべきところがあると思います」(菊川氏)

菊川氏は、こうした共通部分の国際標準化を日本が主導する取り組みにも触れた。ただし、具体的な仕様を決める段階では各社の事業戦略や利害の調整が難しいという。橋本氏は、自社だけで抱えるよりも共通化によって広がる市場の需要に早く応えられるとして、経営者がその判断をすることの重要性を訴えた。

現場の生産ノウハウが日本の強み

海外でもさまざまなロボットの開発が進むなか、共通基盤の上で国内メーカーは何で競争するのか。橋本氏が挙げた強みは、自社で実際の作業現場を持ち、生産に関する知見を蓄積していることだ。

例として紹介したのは、川崎重工業の坂出工場の刷新に向けた造船用の溶接ロボットである。磁力を使って船体の壁面を移動しながら溶接する仕組みだ。溶接箇所には約2cmのすき間がある場合もあり、難度の高い作業だという。

橋本氏は、ロボットが壁面を移動する機能だけでなく、こうした溶接を可能にする技術や、生産システムを含む現場のノウハウを組み合わせることが重要だと説明した。

「我々はまず自分たちの工場で試し、うまくいけば日本の工場へ、さらに世界へ提供したいと考えています。こうして現場で確かめたものを提供していくことが、日本の勝ち筋の一つだと思っています」(橋本氏)