ヤマザキマザックとABEJAは10月16日、業務連携し、製造現場へのフィジカルAI実装に向けた共同開発を開始すると発表した。両社はABEJAのAI活用基盤「ABEJA Platform」を活用し、加工工程や生産スケジュールの最適化を支援するAIエージェントの開発と、ロボット行動学習環境の構築を進める。製造現場で蓄積されるデータや技能者の判断を継続的に学習し、顧客ごとの生産環境に適応する製造AIの実現を目指す。
ヤマザキマザックとABEJA、フィジカルAIで製造現場の自律化を目指す
近年、航空宇宙や半導体、EVなどの成長分野では需要拡大が続いている一方で製造現場では、多品種少量生産への対応、人手不足、熟練技術者の減少といった課題が深刻化している。工程設計や生産計画の立案、設備段取りなどの重要業務はいまだに現場の経験や熟練技能に依存しており、技能継承も課題となっている。
こうした状況の中で注目されているのがフィジカルAIだ。AIが周囲の状況を認識・判断し、ロボットや設備を自律的に制御することで、生産工程全体の最適化を目指す考え方だ。
説明会でヤマザキマザック 代表取締役社長の山崎高嗣氏は、今回の取り組みについて「フィジカルAIによる製造現場の自律化を通じて、設備稼働率を高め、生産性向上とコスト削減を実現したい」と説明した。
さらに、同氏は「お客さまが現場の経験やノウハウを生かしながらAIを育てていくことで、技能継承や日々の判断支援につなげたい」と語り、従来の自動化にとどまらない“成長するAI”の実現を目指すという。
ABEJAが強調する「データ主権」とフィジカルAIの競争力
共同開発で中核となるのがABEJAのAI運用基盤「ABEJA Platform」となる。ABEJA 代表取締役 CEOの岡田陽介氏は、AI活用を巡る環境変化について「現在は半導体、データセンター、クラウドといったAIインフラへの投資が世界的に進んでいるが、企業が本当に価値を生み出すためには現場への実装と継続運用が重要になる」と話す。
同氏によると、企業ごとに保有するデータや業務プロセスは異なる。汎用的なAIを導入するだけでは実際の業務価値にはつながらず、現場運用まで含めた設計が必要になるという。ABEJA Platformはそうした実運用を支えるための基盤として位置付けている。
岡田氏が特に強調したのが、データソブリンティ(データ主権)への対応だ。経済安全保障の観点から、各国ではデータを自国や自社の管理下で運用したいという要請が高まっている。ABEJA Platformはデータ保管や処理を顧客環境内で完結できる構成を取ることができ、各国の法制度や企業ポリシーに応じた運用が可能だという。
さらに、岡田氏はフィジカルAIの競争力は学習データの品質によって決まると指摘した。同氏は「日本の製造業や物流業には世界最高水準のオペレーションがある。しかしその多くはデータ化されておらず、現場で失われている。高品質なオペレーションをAIが学習できる形に変換することが、日本企業にとって長期的な競争優位につながる」と語った。
実際、ABEJAは防衛装備庁を含む政府案件やミッションクリティカル領域でのAI運用実績を持つ。今回の協業でも、AIの精度そのものだけではなく、データ保護やガバナンスを含めた運用基盤の提供を担う。
マザトロールの蓄積データをLLM時代の資産へ
両社における共同開発の柱の1つが、加工工程の最適化を担うAIエージェントとなる。工作機械による加工では、図面や3Dモデルをもとに工程設計を行い、その後に加工プログラムを作成する。
どの工具を使うか、どの順番で加工するか、どのような条件で加工するかといった判断は、生産性や品質、コストに直結する重要な要素だ。しかし、熟練技術者の経験に依存しており、人材不足や技能継承の難しさが課題となっている。
こうした課題に対し、ヤマザキマザックは同社独自の対話式プログラミングシステム「MAZATROL(マザトロール)」に着目した。同社が長年培ってきたマザトロールをLLM(大規模言語モデル)時代の資産として再評価している。
一般的なNC(Numerical Control:数値制御)プログラムは最終的に機械をどのように動かすかという情報に変換されるため、人間がどのような意図でその加工方法を選んだのかまでは残らない。
一方、マザトロールには「何をどのように加工するか」という目的や意図が構造化データとして保持されている。素材情報や工具、切削条件、加工順序などの情報が体系的に格納されているため、LLMとの親和性が高いという。
ヤマザキマザック 上席執行役員 商品開発本部 副本部長の澤田陽介氏は「40年以上にわたって蓄積してきたマザトロールの資産が生成AIやLLMの時代になって新たな価値を持ち始めている」と説く。
両社は蓄積されたマザトロールプログラムをAIに学習させることで、加工ノウハウや判断基準を抽出。新しい製品データが入力された際には、そのノウハウを活用して工程設計案を提案するAIエージェントを構築する計画としている。
また、顧客自身がAIを育てる仕組みだ。ヤマザキマザックの工場データを学習した基盤モデルを用意したうえで、顧客が保有する加工実績や加工ログを追加学習する。利用を続ける中で顧客独自の判断基準を学習し、それぞれの生産現場に最適化された“顧客固有モデル”へと成長させていく考えだ。
ベテランの判断を学習する生産スケジュール最適化AI
もう1つの開発テーマが、生産スケジュールの最適化AIだ。工場では特急案件の割り込み、設備停止、材料不足といったイレギュラー対応が日常的に発生する。
その際、生産管理担当者は設備稼働状況や在庫、納期を考慮しながら、何を優先し何を後回しにするかを判断している。こうした判断もまた現場の暗黙知となっている。
両社は、変更前後のスケジュールと、その時点の設備稼働状況や在庫、シフト情報などをセットで記録し、AIに学習させる。蓄積された変更履歴から運用ノウハウを生成し、類似の事象が発生した際に最適なスケジュールを提案できるようにする。
澤田氏は「現場のイレギュラー対応における判断を形式知化し、次のイレギュラー対応に生かす製造AIを実現したい」と意気込みを示していた。
ロボット行動学習環境を整備、将来の自律化を見据える
3つ目の取り組みとして、両社はロボット行動学習環境の構築も進める。ABEJA Platform上に、データ収集、蓄積、学習、推論、再学習までを一気通貫で実行できる環境を整備する。
対象はロボットだけでなく、搬送装置やAMR(Autonomous Mobile Robot:自律走行搬送ロボット)なども含む。テレオペレーションや作業者視点カメラなどを利用して現場作業データを収集し、将来的な自律動作の実現につなげる考えだ。
現時点では、VLA(Vision-Language-Action:視覚・言語・行動)モデルを活用したフィジカルAIは発展途上にある。しかし両社は実用化を見据え、学習データの収集やモデル構築のノウハウを早期から蓄積する方針だ。
今回の取り組みは、ヤマザキマザックが長年培ってきた加工技術や現場ノウハウをデータとして蓄積し、AIへ継承していく試みとなる。工程設計や生産計画、さらにはロボット制御までを継続的に学習・改善する仕組みが実現すれば、製造現場は人の経験に依存する運用から、AIと協調して進化する運用へと変化する可能性がある。
世界的にフィジカルAIへの注目が高まる中、ヤマザキマザックとABEJAの取り組みは、日本の製造業が持つ暗黙知を次世代の競争力へ転換できるかを占う試金石となりそうだ。







