ヒトは甘いものや好物などを食べた際、思わず「おいしい」と声を出すことがある。動物にも好みがあり、好物を喜んで食べているように見えるが、言語を持たないため、実際に「おいしさ」を感じているのかを確定させることは容易ではない。

福井大学、名古屋大学(名大)、奈良県立医科大学の3者は、ラットが好物のチョコレートを食べている最中、ヒトには聞こえない超音波の鳴き声を出していること、そしてその鳴き声には食べている最中にだけ現れる特別なパターンがあることを発見したと、9月7日に共同発表した。

  • 実験の概要。ペアのラットを録音箱に入れ、チョコレートを与える前後の超音波発声が記録された (出所:福井大ニュースリリースPDF)

    実験の概要。ペアのラットを録音箱に入れ、チョコレートを与える前後の超音波発声が記録された (出所:福井大ニュースリリースPDF)

同成果は、福井大 医学系部門 医学領域 形態機能医科学講座の村田航志助教、福井大 医学部医学科の池戸優希学部生(研究当時)、福井大 医学系部門 医学領域 感覚運動医学講座の領家崇助教、名大大学院 命農学研究科 応用生命科学専攻 食理神経科学研究室の塩谷和基助教、奈良県立医科大 生理学第一講座の眞部寛之准教授、福井大 医学系部門 医学領域 形態機能医科学講座の黒田一樹准教授、同・医学領域 感覚運動医学講座の吉村仁志教授、同・医学領域 形態機能医科学講座の深澤有吾教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、北米神経科学学会が刊行する、神経科学分野全般を扱うオープンアクセスジャーナル「eNeuro」に掲載された。

動物は「おいしさ」を表現するのか? ラットの鳴き声で検証

食事は単なる生命維持の栄養補給にとどまらず、生活の質や心の健康とも深く結びついた行いだ。ヒトはおいしいものを口にしたとき、言葉でその満足感を表現することが少なくない。この「おいしさ」の感情には、甘味やうま味などの味覚だけでなく、嗅覚や食感、温度、過去の食経験など、さまざまな感覚や脳内の報酬系が関わっていると考えられている。

味覚は動物によって性質が異なるが、摂取するものが栄養源か毒物かを判別する重要な感覚である。たとえばラットは、普通の水よりも糖を含む溶液を好んで摂取することが知られている。しかし、動物が食物を「おいしい」と感じているかを行動だけで直接知ることは難しく、従来の「おいしさ体験」の評価法では、口の動きを詳細に観察するなどの手間のかかる作業が課題とされていた。

研究チームが今回注目したのが、ラットの習性だ。ラットは超音波で発声するが、その中の50kHz帯の発声は、仲間と遊ぶ際や、ヒトにくすぐられた際、おいしい食べ物のような報酬を期待する際などに増えることが知られていた。そのため、心地よさや楽しさといった快情動(ポジティブな感情)に紐付く鳴き声と考えられていた。

ただし、これまでの研究では「好物を期待する間」の鳴き声に着目したものが中心であり、「実際に食べている最中」の鳴き声はほとんど検証されていなかった。そこで今回、ラットをペアで飼育したまま録音箱に入れ、チョコレートを与える前後の鳴き声を超音波マイクで記録・解析することにした。

今回の研究成果

記録された鳴き声は、深層学習を用いた解析ソフトで自動的に検出され、チョコレートを与える前(期待時)と、与えた後(摂食時)の音声が比較分析された。鳴き声の高さ(周波数)とその変化の仕方、持続時間、音量などの複数の特徴量を数値化し、機械学習の一手法であるロジスティック回帰分析を用いて分類した結果、「食べる前の声」と「食べている最中の声」が高い精度で分類可能であることが示された。詳細な検証により、食べている最中の声は、40kHz帯で周波数がいったん上がってから下がる「逆U字型」のパターンを示すことが明らかにされた。

さらに、この鳴き声が「おいしさ体験」と関係するのかどうかを調べるため、快情動に関わる「オピオイド受容体」の働きを阻害する薬剤がラットに投与された。同薬剤は、ヒトにおいても、甘味や高脂肪食の摂取量を抑制することが知られているものだ。投与後、ラットはチョコレートを摂取したものの、摂食時特有の鳴き声の頻度が顕著に減少した。この結果から、この鳴き声が単なる咀嚼運動に伴うものではなく、「おいしい」という快情動と結びついている可能性を示唆しているとした。

  • チョコレート摂食時に特有の鳴き声。機械学習の分類により、「食べる前の声」と「食べている最中の声」を高い精度で区別することに成功した。食べている最中の声は、40kHz帯で逆U字型の波形スペクトログラムを示すという特徴が確認された。点線枠はラットの鳴き声を、矢印は咀嚼を示す (出所:福井大ニュースリリースPDF)

    チョコレート摂食時に特有の鳴き声。機械学習の分類により、「食べる前の声」と「食べている最中の声」を高い精度で区別することに成功した。食べている最中の声は、40kHz帯で逆U字型の波形スペクトログラムを示すという特徴が確認された。点線枠はラットの鳴き声を、矢印は咀嚼を示す (出所:福井大ニュースリリースPDF)

今回の成果により、ラットがチョコレートを食べている最中に出す40kHz帯の超音波が、「おいしい」という主観的体験を反映している可能性が示された。この鳴き声を指標とすることで、動物が食事に対する満足度を声から客観的に評価できる道が拓かれたとした。

食欲異常や過食・拒食といった症状は、「おいしさ」の感じ方の変容と深く関係すると考えられている。また、味覚・嗅覚障害により風味が消失すると食事の喜びが損なわれ、生活の質が大幅に低下する。そのため、動物のおいしさ体験を客観的に評価する手法が確立されれば、これら病態のメカニズム解明や新薬開発などにつながることが期待されるとのこと。

また、今回の研究で構築された機械学習による鳴き声の分類手法は、他の動物やさまざまな行動文脈における鳴き声の解析への応用も可能であり、動物の感情伝達を解析する新たなアプローチになるとしている。