この半導体ニュースのまとめ

・インド政府が1兆2750億ルピー規模の半導体支援策「Semicon 2.0」を始動
・半導体設計、装置・材料、前工程、後工程、研究開発、人材育成の6分野を支援
・工場誘致に加えて国産IPや装置、材料、先端パッケージング技術を持つ産業構造の構築を目指す

インド政府は8月31日、半導体の設計・製造エコシステムを構築する産業支援策「Semicon 2.0」の詳細を官報で告示した。

政策予算は1兆2750億ルピー(1ルピー=1.62円換算で約2兆645億円)。申請受付期間は当初3年間、対象プロジェクトの実施期間は原則として最長6年間とされている。

Semicon 2.0は、半導体産業を「半導体設計」「製造装置・材料」「前工程工場」「ATMP/OSAT(後工程)」「研究開発」「人材育成」の6本柱、計10カテゴリに分けて支援する。半導体IPやチップの設計から、ウェハ上への回路形成、組み立て・テスト、半導体製造装置と半導体材料、研究開発、人材までを政策対象に含めた。

インド政府は、半導体を経済成長だけでなく、サプライチェーンの強靱化、国家安全保障、重要分野における技術的な自立を左右する基盤産業と位置付けており、Semicon 2.0を通じて半導体製品を輸入する市場から、世界のサプライチェーンを構成する設計・製造拠点への転換を進めることを目指すとしている。

工場誘致からサプライチェーン全体の構築へ

インド政府は2021年に始めた「Semicon India Programme」(SEMICON 1.0)を通じ、インド国内に半導体前工程工場やATMP/OSAT(後工程)の拠点を誘致する取り組みを進めてきた。

その結果、前工程工場や後工程拠点の建設計画が具体化し、半導体産業に対する国内外企業の関心も高まった。一方、工場を稼働させるには、製造装置や材料、保守部品、設計環境、研究開発、人材を継続的に確保する必要がある。

海外から装置と材料を輸入し、ライセンスを受けたプロセスで製造するだけでは、インド国内に残る付加価値や技術が限られるほか、海外の供給網へ依存する構造も変わらない。

Semicon 2.0では、完成した半導体工場への補助にとどまらず、半導体設計、半導体製造装置、半導体材料、パッケージング/テスト、研究開発、人材育成を一体として支援する。工場を誘致する政策から、半導体産業そのものを国内へ構築する政策へ進んだ形となる。

国産IPと製品を生み出すための半導体設計支援

半導体設計は、「国家的重要性を持つ製品」、「商用製品」、「市場投入」の3カテゴリに分けて支援が行われる。

国家的・戦略的に重要な分野では、コンピュート、メモリ、RF、パワー、ネットワーク、センサなどの標準IPを構築し、重要インフラで利用する半導体IP、チップ、SoC、モジュールを開発する。

対象となるのは、インドで設立され、本社と主要な事業・人員を同国内に置き、インド国民が所有・支配する企業。海外企業や研究開発機関、大学とコンソーシアムを構成することも認めるが、開発したIPは申請企業とインド高性能計算技術開発センター(C-DAC)が共同保有する。

商用分野では、インドをファブレス半導体の世界的に競争力のある設計拠点するべく、国内企業がIPと製品を所有することを目指す。IP権や設計・開発ファイルをインド国内に置くことが支援条件となる。

スタートアップや中小企業には、国が整備するEDAツールグリッド、マルチプロジェクトウェハ、IPコア、コンピュート・サブシステム、ポストシリコン検証サービスへの共通アクセスを提供する。

製品設計連動型の支援では、対象プロジェクト費の50%または15億ルピーのいずれか低い額までシード資金を提供する。15億ルピーを超える段階では、ベンチャーキャピタルやプライベートエクイティと同様の条件による政府の共同出資も行う。

スタートアップや中小企業以外には、製品・技術の売上高に応じて政府へ返済するロイヤルティ・ファイナンスを用意する。開発した製品の市場投入後には、対象製品の純売上高の9%を5年間還付し、1件当たり最大30億ルピー、企業グループ当たり最大120億ルピーを支援する。

インドには海外半導体企業の設計・開発拠点が集積し、多くの設計者が働いている。しかし、設計したIPや製品の所有権は海外企業が持つ場合が多い。Semicon 2.0は、人材を提供する設計拠点から、インド企業がIPと半導体製品を保有するファブレス産業への移行を促す政策といえる。

製造装置・材料を新たな政策の柱に

Semicon 2.0で従来以上に重視されたのが、半導体製造装置と半導体材料の分野である。

対象には、半導体製造装置の研究開発施設、ウェハ、フォトマスク、フォトレジスト、基板、化学薬品、ガス、各種材料の生産設備、製造装置や中古再生装置、サブアセンブリ、部品の製造・組み立て、半導体の試験・特性評価施設が含まれる。

製造装置の研究開発、材料生産、試験・特性評価、装置・部品製造に対し、中央政府が対象設備投資額の30%を支援する。

最低投資額は、装置研究開発施設と装置・部品製造が30億ルピー、材料生産が5億ルピー、試験・特性評価施設が10億ルピー。試験・特性評価を除き、事業者には対象技術の所有権またはライセンスを保有することを求める。

装置、サブアセンブリ、部品の製造・組み立てには、設備投資支援に加えて国内調達した部材費を基準とする生産連動型優遇措置も適用する。支援率は2028年度から5年間にわたり、10%、8%、6%、4%、2%と段階的に引き下げる。

これは装置をインドで最終組み立てするだけでなく、部品やサブシステムをインド企業から調達するほど、支援を受けやすくする仕組みである。

半導体工場が複数建設されれば、ガス、薬液、消耗部品、保守サービスなどの需要が継続的に発生する。インド政府は工場建設に伴う需要を海外からの輸入だけで賄わず、装置・材料産業を国内に育てる機会として利用する考えだ。

日本企業にとっても、装置や材料を完成品として輸出するだけでなく、現地生産、装置の組み立て、再生、部品供給、研究開発、インド企業への技術供与などを検討する必要性が高まりそうだ。

300mmウェハ工場に設備投資額の40%を支援

前工程分野では、一般的なシリコンウェハベースの半導体工場と、化合物半導体、フォトニクス、センサ、MEMS、ディスクリート半導体の工場を分けて支援する。

シリコンウェハの半導体工場は300mmウェハに対応し、月産4万枚以上の能力を持つことが条件となる。最低投資額は2000億ルピーで、申請前3会計年度のいずれかにおけるグループまたは合弁会社を含む最低売上高は750億ルピーとしている。

事業者には、対象プロセスの量産実績を持つ技術の所有またはライセンスが必要となる。中央政府は対象設備投資額の40%を支援する。

金額だけを見ると大規模な補助制度だが、月産4万枚以上の300mmウェハ工場と量産技術を条件としたことで、単なる実証ラインや小規模工場ではなく、世界市場で競争できる量産拠点の誘致を狙っていることが分かる。

一方、化合物半導体、フォトニクス、センサ、MEMS、ディスクリート半導体は、月産500枚以上、最低投資額50億ルピーを条件とし、対象設備投資額の35%を支援する。

ウェハサイズはセンサおよびMEMSが200mm以上、化合物半導体とディスクリート半導体が150mm以上、フォトニクスが100mm以上としている。

先端プロセスによるロジックの製造だけでなく、パワー半導体、光半導体、センサ、アナログ半導体、産業・車載向け半導体を政策対象に含めた。インド国内の自動車、再生可能エネルギー、通信、宇宙、防衛、産業機器などの需要と結び付ければ、先端プロセスだけに依存しない半導体産業を形成できる可能性がある。

このほか、有機EL(OLED)、マイクロLED、液晶パネルを対象とするディスプレイ工場にも対象設備投資額の35%を支援する。

後工程は先端パッケージへの移行を促進

半導体産業への参入において、インドが先行しているのが、半導体の組み立て、テスト、マーキング、パッケージングを担うATMP/OSAT分野である。

Semicon 2.0では、先端パッケージと従来型パッケージで支援率に差を設けた。

2.5D・3Dパッケージ、ウェハレベル・チップスケール・パッケージ、異種集積、先端基板を対象とする設備には、対象設備投資額の35%を支援するが、従来型パッケージへの支援率は25%としている。

いずれも最低投資額は100億ルピーで、申請前3会計年度のいずれかにおけるグループまたは合弁会社を含む最低売上高は20億ルピー。対象技術について、量産実績を持つ技術を保有またはライセンスしていることも求める。

AI半導体や高性能コンピューティングでは、ロジックチップとHBM、チップレットなどを1つのパッケージへ統合する技術が性能や消費電力を左右する。インド政府は、安い人件費を生かした従来型の組み立て作業だけでなく、2.5D・3D実装や異種集積へ後工程産業を高度化させようとしている。

前工程工場の立ち上げには巨額の投資と量産技術が必要となる一方、ATMP/OSATは比較的参入しやすく、雇用も生み出しやすい。国内で生産した半導体を国内でパッケージングする体制を整えるだけでなく、海外で製造されたウェハを受け入れる世界的な後工程拠点を目指す意図もあるとみられる。

研究開発費の最大75%を支援

研究開発については、CMOSプロセス、シリコンフォトニクス、ディスプレイ製造、チップレットを利用する先端パッケージングなどを対象とする。

半導体企業が単独、または大学や研究機関などとコンソーシアムを構成して実施するプロジェクトに対し、州政府による支援を含めて設備投資と運営費の最大75%を支援する。

設備費だけでなく運営費も対象に含めるため、研究用装置の導入に加え、材料、試作、評価、人件費など、技術を量産へ移行させるまでの継続的な研究活動を支援できる。

インド政府が研究開発を独立した柱とした背景には、海外からライセンスを受けた技術で工場を稼働させるだけでは、次世代プロセスや製品の競争力を長期的に維持できないとの認識がある。

シリコンフォトニクスやチップレット、先端パッケージングは、最先端の微細化だけに依存せず、半導体システム全体の性能を高められる。既存の設計人材やソフトウェア産業との相乗効果も期待でき、インドが独自の強みを構築しやすい技術領域となる可能性がある。

設計者だけでなく製造現場の技能者も育成

半導体人材の育成では、学部、大学院、博士課程の学生や研究者に加え、生産現場で装置を操作・保守する技能者とオペレーターも対象とする。

設計分野では、高度なEDAツール、マルチプロジェクトウェハの試作サービス、ポストシリコン検証ツールへのアクセスを提供する。

製造分野では、専用の研修施設を整備するとともに、既存施設を利用した実践訓練を支援する。国内のナノファブリケーション施設やプロセス研究所も強化し、工場の現場で必要となる技能を身に付けられるようにする。

対象となる教育機関、研究開発機関、研究所、科学団体、国内研修機関などに対し、州政府の支援を含めて設備費と運営費の最大75%を支援する。

インドは半導体設計者の供給地として存在感を持つ一方、前工程工場や後工程拠点を稼働させるには、プロセス、装置、材料、品質、歩留まり、設備保全を担う人材も必要となる。

設計人材だけを増やしても、工場を24時間安定して稼働させることはできない。Semicon 2.0が現場の技能者まで政策対象に含めたことは、インド政府が工場誘致後の量産立ち上げと安定操業を視野に入れていることを示していると言えるだろう。

輸出から現地エコシステムへの参画が問われる日本企業

Semicon 2.0は、単発の補助金制度を並べたものではなく、設計した半導体を試作・量産し、インド国内でパッケージングし、そのために必要な装置、材料、研究開発、人材を国内で確保する循環を作ろうとする政策といえる。

前工程工場への40%支援、先端パッケージへの35%支援、装置・材料への30%支援、研究開発・人材育成への最大75%支援という配分からも、インド政府が前工程工場だけを最終目標としていないことが分かる。

特に、国内調達部材の使用額に連動する装置向け優遇措置や、商用半導体のIPと設計データをインド国内に置く条件は、海外企業による投資を呼び込みながら、技術と付加価値を国内へ残す意図を示すものとなる。

日本企業は半導体製造装置、材料、ウェハ、フォトレジスト、ガス、薬液、精密部品、検査・計測装置、工場自動化などで高い競争力を持つ。インドに半導体工場と後工程拠点が増えれば、こうした企業にとって新たな市場が生まれる。

その一方、完成品を日本から輸出するだけでは、インド国内での部材調達や現地生産を優遇する政策の効果を十分に活用できない可能性がある。現地企業との合弁、技術ライセンス、装置の組み立て・再生、部材の現地調達、大学や研究機関との共同研究、人材育成への参画まで含めた展開が求められそうだ。

Semicon 2.0の申請受付期間は当初3年間で、対象プロジェクトの期間は原則として最長6年。India Semiconductor Missionが申請の募集、技術・財務評価、事業者の推薦、支援金の交付などを担い、設計分野ではC-DACも政策の実施を支援する。

インドが今後、世界の半導体産業でどの程度の存在感を得られるかは、支援対象となった工場の数だけでは判断できず、国産IPを持つファブレス企業、装置・材料企業、研究開発拠点、先端パッケージング産業、量産現場を支える人材が同時に育つかが重要となってくる。

Semicon 2.0は、海外企業の工場を誘致する段階から、半導体サプライチェーン全体を国内へ根付かせる段階へ進むインド政府の意思を示した政策といえる。設計人材と巨大な国内市場に、製造、装置・材料、研究開発、人材育成を結び付けられるかが、インドを世界の半導体産業における重要拠点へ押し上げられるかを左右することになりそうだ。