生成AIの活用が広がり、多くの企業で業務効率化の成果が現れ始めている。メール作成や議事録の要約、情報検索など、個人レベルでは生産性向上を実感する場面も増えた。
しかし、その成果が組織全体の競争力向上や業績改善につながっているかといえば、必ずしもそうではない。ソフトバンクは、AI活用が個人最適にとどまり、全社変革へ発展しない課題に着目している。
同社は、その原因を個人利用と全社変革の間にある組織構造に見いだした。現場の知見を持つ組織が自らAIを実装し、改善サイクルを回せるかどうかが、組織成果を左右するという。
Dataikuの年次イベント「Dataiku Summit TOKYO 2026」で、ソフトバンクの玉井秀昂氏が「個人のAI活用を、組織の競争力に変える」というテーマで行った講演から、AI活用の次のステージを探る。
個人のAI活用は広がった、だが成果は組織に届いていない
ソフトバンク法人事業では、顧客への価値提供と業務改革の両面で、AIを活用している。法人事業では、「カスタマーゼロ」という考え方を大切にしている。これは、提供するサービスをまず自社で徹底的に使い込み、課題の発見や実績の蓄積を行うサイクルを指す。
これにより、サービスの精度向上はもちろん、営業担当者が自らの実感を伴って顧客に提案できるという「営業力の強化」につなげている。
同社では現在、ChatGPTなどの汎用サービス、自社開発の「AIスター」、同社とOpenAIの合弁会社が提供する、企業向けのAIエージェント基盤「クリスタル・インテリジェンス」など、目的に応じたAI環境が整備されている。
これらを活用して、メール作成や議事録作成といった個人の領域での生産性向上は当たり前の風景となっているという。その例として、玉井氏は、営業からの問い合わせは20%減少していることを紹介した。
しかし、玉井氏は「AIの個人利用の成果は測りづらい。AI前提の変革は個人利用ほど早く進まない」と、組織という観点からはAI活用の成果を上げることの難しさを指摘した。
なぜAIによる全社変革はすぐには進まないのか
玉井氏は、全社的な視点で見ると、AI活用のスピードを阻む「構造的な阻害要因」が数多く存在していたと説明した。具体的には、長年使い続けてきたレガシーシステムや部門ごとに分断されたシステム、データの分散、複雑な業務プロセスが阻害要因となっていた。
「多様な商材を扱う中で業務プロセスが複雑化しており、それをAI前提のプロセスに再構成すること自体が大きな挑戦だった」(玉井氏)
同氏は、「こうした課題の解消にはまだ時間がかかる」としながらも、個人利用と全社変革の間には、これまで見落とされがちだった重要な領域が存在すると指摘した。
ソフトバンクが着目した「中間層」という存在
玉井氏が着目したのは、個人と全社の間に位置する「中間層」だ。
中間層とは、営業戦略、企画、マーケティング、プロダクト部門など、特定の業務に従事する組織を指す。
その特徴は「現場のドメイン知識を持つ」「解決したい課題を持つ」「実装イメージを持つ」「自組織特有のデータや知見を保持している」ことだ。
一方で、こうした組織は業務課題を理解していても、必ずしもAIを実装するための環境や仕組みを持っているわけではない。そのため、現場の知見がAI活用につながらず、個人の生産性向上と全社的な変革の間にギャップが生じていたという。
玉井氏は「個人と全体の間にある中間層には具体的なAIニーズがある。重要なのは、中間層の知見を実装能力に変えることだ」と説明した。
現場主導でAI活用を進める仕組み
では、中間層の知見をどのように実装能力へ変えていくのか。
中間層がAI活用の担い手になるためには、現場が自ら課題を見つけ、データを活用しながらAIを実装・改善できる環境が必要になる。
そこでソフトバンクは、現場部門が仮説立案から検証、業務への適用までを自律的に進められるセルフサービス型の環境を整備している。
玉井氏は「現場で仮説を持ち、自らサイクルを回せることが重要だ」と説明した。この環境を支える基盤として活用しているのがDataikuだ。「Dataikuは、現場の課題をすぐに試して、データ、AI、業務実装をつなげられる」(同氏)
一方で、現場主導のAI活用が広がると、部門ごとにツールや開発手法が乱立するリスクもある。
そこでソフトバンクでは、CoE(Center of Excellence)が組織横断で支援する体制を整えている。現場の取り組みを標準化・資産化し、他部門への展開を後押しする役割を担う。
玉井氏は、現場の自由な挑戦と組織全体の最適化を両立させることが重要だと説明した。
月20時間の余力を生んだ「Sales AI Agent」
玉井氏は、AIを活用して成果を上げている施策として、「Sales AI Agent」を紹介した。
同社では、営業活動に関する情報の多くが議事録や商談メモ、メール、チャットといった非構造データとして存在していた。また、CRMでは入力漏れや表記揺れ、重複レコードなどが発生し、AI活用の障壁になっていたという。
こうした課題を解決するため、ソフトバンクは非構造データを構造化し、CRMと連携するSales AI Agentを開発した。
「Sales AI Agent」では、業界や企業の情報、契約回線数、顧客担当者などのデータを蓄積したうえで、会議のデータを取り込んでCRMに自動で記録し、随時、商談のフェーズを更新する。
ユーザーはチャット形式で商談の最新状況を確認でき、ネクストアクションを明確にすることが可能になる。
玉井氏は、Sales AI Agentにより「商談の鮮度が保たれるので、フォーキャストがしやすくなり、営業の手間も省かれている」と語った。
Sales AI Agentを活用することで、営業担当者1人当たり月間約20時間の削減が見込まれるという。
そして、生み出された時間は「営業力の強化」「解約リスクの高い顧客への優先的なフォロー」「顧客への連絡」などに振り向けられており、活動の軸足が「顧客への付加価値提供」へ移りつつある。
Sales AI Agentは単なる業務効率化ツールではない。現場が持つ知見やデータをAIで活用し、組織全体の成果へとつなげる取り組みの一例だ。
ソフトバンクが重視するのは、個人のAI活用と全社変革の間にある中間層が、自らAIを実装し、改善を繰り返せる環境づくりである。個人レベルの生産性向上を組織の競争力へ結び付けるための挑戦は、まだ始まったばかりだ。



