前編では、AIを活用することで、サステナビリティは年次報告からリアルタイムな意思決定へと変わりつつあることを紹介した。後編となる本稿では、サステナビリティにAIを導入した企業においてどのような変化が起きているのかを紹介しよう。

  • AIを活用したデータ分析により、サステナビリティを日々の意思決定へ生かす取り組みが広がっている Photo:PIXTA

    AIを活用したデータ分析により、サステナビリティを日々の意思決定へ生かす取り組みが広がっている Photo:PIXTA

AI導入で、サステナビリティは何が変わるのか

サステナビリティ業務にAIを組み込んだ企業では、実証実験にとどまらず、実際の業務で測定可能な成果が生まれ始めている。

スコープ3排出量の推計精度を高める

AI導入で最も大きな効果が期待されるのが、スコープ3排出量の算定精度の向上だ。スコープ3排出量は、サプライチェーン全体に及ぶため把握が難しく、多くの企業が定量化に苦労している。

Carbon Responsible社の調査によると、従来の環境拡張産業連関(EEIO)モデルは、検証済みのデータと比較して、スコープ3の排出量を最大2,480%も過大に見積もる可能性があることが判明した。その中で、同社のAIを搭載したエンジンは、この誤差を80%にまで減らし、従来のモデルに比べ30倍の精度を実現した。

一方で、ハーバード・ビジネス・スクールの調査では、機械学習アルゴリズムをカテゴリーレベルで適用した場合、スコープ3の予測精度が最大25%向上することを実証。これにより、不透明なサプライチェーンデータを、調達チームが実際に活用できる形へと変化させた。

サプライヤーリスクをリアルタイムで分析する

AIは、内部のサステナビリティ指標を外部のシグナル、地理的リスク、業界特有の課題、規制動向、ニュースと統合し、サプライヤーリスクに関する最新の状況として把握することができる。調達チームは、環境・社会・規制面でどのサプライヤーにリスクがあるのか、その理由や今後の見通しについても確認可能だ。

サプライヤーごとのスコアカードは、サステナビリティのパフォーマンス、改善の傾向、およびエンゲージメントへの対応力を統合した総合スコアとして算出し、新しいデータが入るたびに更新する。調達の意思決定は、昨年の調査結果ではなく、リアルタイムのデータに基づくものとなる。

調達や輸送の変更効果をシミュレーションする

AIを活用すれば、調達チームは航空輸送から海上輸送への切り替えや、調達先を変更した場合の影響をシミュレーションできる。コストやカーボンフットプリント、納期への影響も即座に把握できる。

これにより、サステナビリティは、年次レビューで扱う抽象的な目標ではなく、日々の業務で改善すべき具体的な指標となる。

次に取るべきアクションを提案する

AIはサプライヤーのグループやカテゴリーごとに、能力開発プログラム、共同出資による効率化プロジェクト、材料の代替、あるいは戦略的な多角化といった、対象を絞ったアクションを提案することが可能だ。

企業は、これに基づき、体系的なサプライヤーのサステナビリティプログラムを設計し、進捗状況をリアルタイムで追跡し、改善のサイクルを回すことで、連携を単なる法令遵守の義務から、継続的な改善につながる協力関係へと発展させることが可能になる。

AI導入を成功させる5つのポイント

最後に、AIを活用したサステナビリティを実際に行動に移す方法を紹介しよう。

(1)用途を絞り、優先順位を明確にする

AIが最も即効性のある効果を生み出す領域(データ収集の自動化、スコープ3の可視化の向上、あるいは大規模なサプライヤーとの連携の実現など)を特定する。しかし、すべてを一度に実施する必要はない。

(2)共通のサステナビリティデータモデルを構築する

企業全体で場所、製品、サプライヤー、および活動を説明するための一貫した方法を確立する。これが、AIや意思決定システムが動作するための基盤となる。これがなければ、AIは矛盾を解決するどころか、増幅させる可能性がある。

(3)小規模な試験運用から段階的に拡大する

価値を実証し、ガバナンスを洗練させるために1つの事業部門、1つの重要なサプライヤーのカテゴリーに焦点を絞った試験運用を実行する。その結果を活用し、証拠に基づく全社的な展開ロードマップを策定する。

(4)管理体制と人間の専門知識を中心に据える

データの品質、モデルの監督、および意思決定の権限に関する役割と責任を定義する。AIは、サステナビリティの専門家、調達マネージャー、経営幹部の「副操縦士」のような存在であり、彼らの代わりになるものではない。最大の成果をあげている組織は、AIの能力と深い専門分野の知識を組み合わせている組織である。

(5)AIを既存の業務システムに統合する

AIを活用したサステナビリティソリューションを、ERP(統合基幹業務システム)、調達、物流、財務システムと連携させ、意思決定が行われるワークフローに統合させる。これにより、独立したダッシュボードに情報を表示するだけでは、業務は変わらない。AIの分析結果を既存の業務システムや意思決定プロセスに組み込んでこそ、実際の行動につなげられる。

問われるのは「報告」ではなく「意思決定」

企業にとって重要なのは、「どうすればより多くの報告書を作成できるか」ではなく、「AIを活用してサステナビリティを事業運営やサプライチェーンに組み込み、継続的な意思決定につなげられるか」という視点だ。

こうした取り組みを進める企業は、規制対応やステークホルダーへの説明にとどまらず、コストやリスクの低減、事業のレジリエンス向上、さらには企業への信頼向上といった競争力にもつなげられる可能性がある。

AIの技術やデータ基盤はすでに整いつつある。残されているのは、それを実際の経営に取り入れるという企業の意思決定だ。

著者プロフィール

和久田典隆(わくだのりたか)
Nagarro株式会社 マネージングディレクター、日本事業本部長


大手日系自動車企業に約20年勤め、その内10年間をインドで過ごす。駐在中に新しい販売チャンネルなどの新規事業開発、デジタルサービスであるスマートモビリティやデジタルファイナンスを立ち上げた。全社のデジタル化推進のために、インド子会社にてデジタル部門を立ち上げ、営業、サービスだけでなく生産、購買や品質のデジタル化を推進。その後、グローバルのデジタル化推進のためにインドにソフトウェア子会社を立ち上げ、自動車クラウドを開発、各国への導入を進めた。現在は、日本にて製造業のデジタル化推進のために製造向けのERPや課題解決のためのコンサル、システム開発、導入を行っている。