オラクルは今年4月、イベント「Oracle AI World Tour Tokyo」を開催した。同イベントで、デンソー ITデジタル本部長 グローバルSC変革プロジェクト長 グローバルIT統括部長の城所幹人氏が講演した。

デンソーは、これまで内製で維持してきたサプライチェーン領域にクラウドとAIを導入する方針を示した。競争力の中核とされてきた“本丸”の転換であり、業務の高度化と意思決定の迅速化を狙う。背景には、サプライチェーンの複雑化や地政学リスクの高まりがある。

  • デンソー IT デジタル本部長 グローバル SC 変革プロジェクト長 グローバルIT統括部長 城所幹人氏

    デンソー IT デジタル本部長 グローバル SC 変革プロジェクト長 グローバルIT統括部長 城所幹人氏

“本丸”サプライチェーンに踏み込む意味

これまでクラウドやAIの導入は、会計や人事といった管理領域が中心だった。一方、サプライチェーンは競争力の中核として、内製で維持されてきた領域である。

今回の取り組みは、その“本丸”に踏み込む点に大きな意味がある。これは単なるシステム刷新ではなく、競争戦略そのものの見直しといえる。

従来は差別化の源泉として囲い込んできた領域に対し、外部のクラウドやAIを積極的に取り入れることで、全体最適とスピードを優先する方向へと戦略がシフトしている。

なぜデンソーは“内製”を見直すのか

こうした方針転換の背景には、事業環境の変化がある。

サプライチェーンはグローバルに拡大し、構造は一層複雑化している。加えて、地政学リスクの高まりや市場変動への迅速な対応が求められる中、従来の仕組みでは柔軟性やスピードに限界が見え始めていた。

こうした状況を受け、同社はこれまで“内製で守るべき領域”とされてきたサプライチェーンにおいても、クラウドとAIを活用する方向へと舵を切った。

背景にある変化とは何か

今回の方針転換の背景には、大きく3つの変化がある。

1つは、製品やビジネスの高度化・多様化だ。電動化やソフトウェア化の進展により、サプライチェーンの構造は一層複雑になっている。

2つ目は、地政学リスクの高まりである。地域ごとの政治・経済状況が供給網に影響を及ぼし、リスクを前提とした運用が不可欠となった。

3つ目は、AIやクラウドといったテクノロジーの進化だ。新技術を迅速に取り込むことで、より高度な最適化と意思決定が可能になっている。

グローバル基盤として統合、分断からの脱却へ

デンソーはこれまで、ERPを中心に基幹システムの整備を段階的に進めてきた。1990年代からERPを導入し、2000年代にはJD EdwardsやPeopleSoftを活用。2018年以降は「クラウドファースト」を掲げ、会計・調達領域を中心にクラウドERPへの移行を進めている。

現在はOracle Fusion ERPを軸に、グローバルでの標準化と集約を推進しており、42拠点への導入が完了。業務プロセスの統一や集中購買の拡大といった成果につながっている。

城所氏はその効果について、「グローバルで業務の標準化を実現し、クラウドのメリットとしてシステムを集約できた。集中購買を拡大できたことで、経営にも成果をもたらした」と語った。

同社の取り組みは、単なるシステム刷新ではなく、長年にわたる基盤整備の延長線上にある。

  • デンソーの基幹システムの変遷。ERPからクラウド、さらにAI活用へと段階的に進化している

    デンソーの基幹システムの変遷。ERPからクラウド、さらにAI活用へと段階的に進化している

今回の取り組みは、その対象をサプライチェーン領域にまで対象を広げるものだ。上記の画像では、SCM領域への展開とともに「エージェントAI」の活用も示されており、基幹システム全体をAI前提で再構築する方向性が明確になっている。

AI活用で意思決定はどう変わるのか

AIの導入により、業務のあり方も変わる。

これまで人手に依存していた業務は自動化が進み、統合されたデータをもとに分析や予測が行われることで、意思決定の質とスピードが向上する。リアルタイムで状況を把握し、最適な選択肢を提示できる点も大きい。

AIは単なる効率化ツールではなく、意思決定そのものを担う存在へと位置付けが変わりつつある。

城所氏はSaaSであるOracle Fusion Cloud ApplicationsのAIを活用するメリットについて、「Oracle Fusion Cloud Applicationsなら、四半期ごとに新しいAIの機能が使える。当社はこれらをしっかりと使っていることが強みになっている」と語った。

エージェントAIがもたらす自律化

今回の取り組みでは、業務の自律化を進める「エージェントAI」の活用も視野に入れる。業務は「人が処理するもの」から「AIが進め、人が判断するもの」へと変わりつつある。

エージェントAIは、データに基づいて状況を判断し、適切なアクションを提案・実行する仕組みだ。人が細かく指示を出さなくても業務が進む環境の実現が期待されている。

  • デンソーはエージェントAIを業務価値に結びつける実装力を重視する姿勢を示した

    デンソーはエージェントAIを業務価値に結びつける実装力を重視する姿勢を示した

城所氏は、エージェントAIをPoC(概念実証)にとどめるのではなく、業務プロセスに組み込み、価値として実感できる形で活用することが重要だと強調する。

また、製造業、とりわけ自動車産業への深い理解に基づいたプロダクトの進化や、日本とグローバルが同じ目線とスピードで変革を進める体制も求めている。プロジェクトを通じた知見の共有と成長といった“共創”の観点も重視しており、単なるシステム導入にとどまらない長期的な変革を見据えている。

AI前提の経営へ、変革は加速

デンソーは今後、AI活用をさらに進めるための体制整備やグローバル展開を進めていく方針だ。

AIはもはや単なるツールではなく、業務や経営の前提となりつつある。今回の取り組みは、その変化が製造業の中核領域にも及び始めていることを示している。

サプライチェーンを含む業務全体をAIで最適化する流れは、今後さらに加速しそうだ。