東北大学は6月2日、シリコン基板上で、AI計算の省エネ化を可能とする「スピントロニクス確率論的(P)コンピュータ」の基本構成要素である「確率(P)ビット」回路を試作し、初となるPビットとして期待される入出力特性の動作を実証したことを発表した。

  • シリコン基板上に形成された検証チップとスピントロニクスPビットの断面構造の模式図

    (a)半導体集積回路製造プロセスを用いて、シリコン基板上に形成された検証チップ。(b)スピントロニクスPビットの断面構造の模式図。トランジスタと下層の配線を米国SkyWater Technology社で作製後、東北大でスピン素子が形成された。(c・d)確率的に状態がゆらぐように設計されたスピン素子の断面電子顕微鏡像。(出所:東北大プレスリリースPDF)

同成果は、東北大 電気通信研究所(RIEC)のユン・ジュヨン博士研究員(研究当時)、同・ヌノ・カソイロ博士研究員(研究当時)、同・金井駿准教授、同・深見俊輔教授、米国国立標準技術研究所のウィリアム・アンドリュー・ボーダーズ博士らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、IEEEが刊行する、電子デバイスを扱う速報論文誌「IEEE Electron Device Letters」にオンライン掲載された。

確率論的コンピュータ開発を進展させる日米共同成果

AIや機械学習、量子多体計算など、膨大な数の可能性を探索する問題において、決定論的に情報を0か1で表すビットを用いて逐次的に計算を行う古典コンピュータは必ずしも効率的ではない。こうした計算には高い並列性が不可欠であり、その代表が量子コンピュータだが、それとは異なる方式として注目を集めるのが次世代コンピュータの1つであるPコンピュータだ。

Pコンピュータにおける情報処理の基本単位のPビットは、物理状態の確率的なゆらぎをハードウェアレベルで利用し、確率的に0または1を出力する。短時間で0と1の信号を確率的に出力し、その割合を外部入力で制御することで、ビット間に電気的な相関を生み出す仕組みだ。古典コンピュータと比べ、多数の状態を数桁高速に探索できる点が大きな長所とされる。

このPコンピュータの実現手段として有望視されているのが、スピントロニクス技術だ。同技術は、物質中の電子が持つ、電気的性質(電荷)と磁気的性質(スピン)の双方が介在することで発現する物理現象を理解し、工学的な応用を目指す分野だ。代表的な応用例が、磁性体のN極・S極の向きをデジタル情報(0と1)として電気的に制御して情報を記憶する不揮発性メモリ「MRAM](磁気抵抗ランダムアクセスメモリ)だ。現在では、1メガビットから1ギガビット規模の製品がすでに商用化されている。

電気的な制御が可能な磁石素子を用いて、N極・S極の確率的ゆらぎを利用すれば、Pビットを構成することが可能だ。2019年には、スピントロニクスPビットと制御用マイコンをケーブル接続した8ビットPコンピュータの基本動作が、東北大と米・パデュー大学の共同研究チームにより発表された。その後、世界で研究開発が活性化し、現在では100ビット程度のシステムも報告されている。

ただし、Pコンピュータの社会実装には1000ビットを超えるような大規模システムが求められる。そのためには、高度な半導体集積回路製造プロセスにより、単一のシリコン基板上にスピン素子と制御回路を集積することが不可欠だ。そこで研究チームは今回、日米の半導体集積回路製造プロセスを組み合わせてPビットをシリコン基板上に試作し、その基本動作を実証したという。

今回のスピントロニクスPビットは、まずトランジスタと下層の配線が米・SkyWater Technologyの130nmCMOSプロセスで作製された。その上に、RIEC附属ナノ・スピン実験施設の微細スピントロニクス素子作製プロセスを用いて、確率的に状態が揺らぐ素子と上部配線が形成された。

Pビットには、時間に対して出力電圧がゆらぐ「時間領域特性」と、出力電圧の時間平均を入力電圧で制御できる「時間平均特性」の2点が求められるが、分析の結果、いずれも実現されていることが確認された。これは、半導体集積プロセスを用いて単一基板上に製造されたスピントロニクスPビットの動作実証に関する初の報告となる。

  • 今回用いられたスピントロニクスPビットの回路図と測定されたPビットの出力電圧の時間変化および入力電圧

    (a)今回の研究で用いられたスピントロニクスPビットの回路図。(b)測定されたPビットの出力電圧(Vout)の時間変化と、その入力電圧(Vbias)依存性。(出所:東北大プレスリリースPDF)

これまで、スピントロニクスPコンピュータの研究開発は、手作業ベースで数百ビットに留まっていた。しかし今回、半導体集積回路製造プロセスを用いて作製されたスピントロニクスPビットの動作が実証されたことで、100万ビット超という大規模化に向けた道が開かれた。今後、大規模化に向けて素子・回路技術をより一層発展させ、集積するPビットの数を増やすことで、社会実装に向けて進展していくことが期待されるとしている。