これまで本連載では航空機や艦艇など、大気圏内での戦闘識別を取り上げてきた。今回は視点を宇宙へ移そう。人工衛星が軍事利用される現在、どの衛星がどこを飛び、何をしているのかを把握する技術が重要になっている。その代表が「宇宙状況認識(SSA)」であり、安全保障を支える重要な技術となっている。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

  • マーシャル諸島のクエゼリンにある宇宙監視用レーダー「スペース・フェンス」の模型。担当メーカーはロッキード・マーティン Photo : US Space Force

    マーシャル諸島のクエゼリンにある宇宙監視用レーダー「スペース・フェンス」の模型。担当メーカーはロッキード・マーティン Photo : US Space Force

宇宙でも「誰が何者か」を知る必要がある

2026年春の時点で、SF作品やデイル・ブラウンの小説『シルヴァー・タワー』に登場するような、レーザー兵器を搭載した武装人工衛星は存在していない。といっても、宇宙空間が戦闘行動とまったく無縁というわけではない。

例えば。実行すれば大量のスペースデブリを発生させることになるので顰蹙モノだが、衛星破壊ミサイルを発射する場面で対象を間違えたら、具合が悪い。自国の衛星を吹き飛ばすのは論外としても、第三国の衛星を吹き飛ばすのだって良くはない。

また、偵察衛星から身を隠そうとすれば、どの衛星がどのタイミングで頭上にやって来るかを知る必要がある。そのほか、スペースデブリが自国の衛星と衝突したら大惨事だから、そうならないように状況を把握しておく必要もある。

などとさまざまな事情があり、宇宙状況認識(SSA : Space Situation Awaremess)という話が出てきた。地球の周囲を回っているさまざまな物体について、動静を常時監視しましょうという訳である。

衛星の用途によっては、静止衛星でなければ仕事にならない場合、あるいは周回軌道でなければ仕事にならない場合もある。また、周回軌道といっても経路や高度はさまざま。そうした情報はみんな、宇宙機の正体や用途を識別する手がかりになり得る。

面倒なことに、周回衛星はときどき軌道を変更することがあるから、単純に「この軌道をいつごろ通過したから○○だろう」と思っていると、裏をかかれるかも知れない。

SSAはレーダーと望遠鏡を組み合わせて実現する

SSAの手段としては、レーダーと望遠鏡が双璧。いうまでもないことだが、それぞれ得られる情報が異なる。

レーダーの例としては、ロッキード・マーティンが開発したSバンド・レーダーの「スペース・フェンス」がある。普通のレーダーと違ってアンテナは頭上方向を向いており、上空を通過する物体を捕捉追尾する。

だから、それぞれの物体が載っている軌道や移動の方向・速度を精確に把握することはできる。しかし、対象物はレーダー電波を反射する「点」であるから、外観が分かるわけではない。

逆に、望遠鏡みたいな光学センサーは、対象物の「映像」を得られるから、外見によって相手が何者なのかを識別する材料は得られる。その代わり、頭上が雲に覆われていると使えない難点もある。望遠鏡を宇宙空間に配備すれば、そうした問題は回避できるのだが。

  • 米空軍研究所が開発した宇宙観測用望遠鏡AEOS(Advanced Electro-Optical System)。ハワイのマウイ島に設置して、人工衛星やスペースデブリの監視などに用いている Photo : USAF

    米空軍研究所が開発した宇宙観測用望遠鏡AEOS(Advanced Electro-Optical System)。ハワイのマウイ島に設置して、人工衛星やスペースデブリの監視などに用いている Photo : USAF

いずれにしても、すでに軌道上にあるなんらかを探知する場合の話になるが、こうしてみると、どちらか一方だけでは不十分だと分かる。レーダーと望遠鏡を併用して、得られるだけの情報を得た上で融合・管理・更新する努力が肝要となろう。

そのことと、衛星の周回軌道が全世界に及ぶことから、SSA分野では国際的な取り組みや情報共有が重要になる。複数の国がそれぞれ、手持ちの手段を用いてリレー式に捕捉追尾を行い、併せて対象物を識別するわけである。

打ち上げの段階から話は始まる

「どこの国が、どこの軌道に、何者を投入したのか」を知ることも重要だが、そうなると軌道に上がった後だけでなく、打ち上げの段階から追いかける方が好ましい。

つまり、SLV(Space Launch Vehicle、要するに衛星打ち上げ用ロケットのこと)が射点から飛び立った時点から追跡して、どこでペイロードとなる宇宙機を放出して、どこの軌道に載せたかまでを追いかける。実際に行われていることである。

それだからこそ、例えば「北朝鮮が衛星を打ち上げたと発表した」なんていう場面では、すかさず事の真偽や詳細に関する情報がワシントンなどから出てくる。常に監視体制を敷いているからできることである。

面倒なことに、SLVによる衛星打ち上げでも弾道ミサイルの発射でも、ロケットが地上から上空に向けて上昇するところは似ている。だから、SSAの発端となる「打ち上げの監視」は、実は弾道ミサイルに対する早期警戒と重複する部分がある。

そういえば。弾道ミサイルを対象とする早期警戒を受け持つレーダーのひとつ、米軍のLRDR(Long Range Discrimination Radar)は、名称に「識別」(Discrimination)の語が含まれている。

つまり、単にミサイルの飛来を探知して捕捉追尾するだけでなく、対象が何者なのかを識別する機能も備えているということである。少なくとも、本物のミサイルや再突入体と、相手が放出する(かもしれない)囮の区別はつけたい。貴重なSM-3やTHAAD(Terminal High-Altitude Area Defense)を、囮のために冗費したくはない。

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。