東京大学(東大)、産業技術総合研究所(産総研)、筑波大学、大阪大学(阪大)、科学技術振興機構(JST)の5者は6月4日、ナノメートルスケールの空間を利用し、直径およそ1nmの極めて微細な「二硫化モリブデン」(MoS2)の半導体ナノチューブの合成に成功し、その詳細な観察と分析から、原子レベルで整った構造と、直径に応じて「バンドギャップ」が変化することを実証したと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科の中西勇介准教授、産総研 材料基盤研究部門の千賀亮典主任研究員、同・佐藤雄太研究グループ長、産総研 マルチマテリアル研究部門の劉崢上級主任研究員、東京都立大学(都立大)大学院 理学研究科の古澤慎平大学院生(研究当時)、同・田中拓実大学院生(研究当時)、筑波大 数理物質系/ホウ化水素研究センターの高燕林助教、同・丸山実那准教授、同・岡田晋教授、物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センターの宮田耕充グループリーダー(都立大大学院 理学研究科 客員教授兼任)、阪大 産業科学研究所の末永和知教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会(AAAS)が刊行する世界最高峰の総合学術誌「Science」に掲載された。
原子レベルで制御されたチャネル材料に期待
半導体トランジスタは、これまで高集積化に向けた微細化が進められてきた。しかし、シリコンを用いた従来型では、チャネル(電気の通り道)の断面寸法が数nmに到達しつつあり、物理的・技術的な限界を迎えつつある。特に、極限まで微細化された領域では、電子が絶縁膜をすり抜ける「量子トンネル効果」によるリーク電流が無視できなくなり、消費電力や発熱の増大が課題となっている。そのため近年は、シリコンに代わる新たな半導体材料や、従来とは異なるデバイス構造の研究開発が活発化している。
中でも、ゲート電極がチャネルを全周から制御することで低消費電力化を図る「ゲート・オール・アラウンド(GAA)構造」に適した材料として注目されるのが、半導体TMDを円筒状に巻いたTMDナノチューブ(NT)だ。
しかし、TMDNTは円筒形状に起因する大きな歪みにより、大直径の多層構造になりやすく、構造制御が困難だった。そのため、直径や原子配列の制御されたTMDNTの合成は長年の課題とされてきた。特に、直径数nmのTMDNTはサイズによってバンドギャップを制御できることが理論予想され大きな関心を集めていたものの、極細径のナノチューブは不安定で合成自体が難しく、実験的検証は阻まれていたとする。
そこで研究チームは今回、これまで開発してきたナノ空間を利用した一次元物質の合成法を発展させ、新たに「窒化ホウ素ナノチューブ」(BNNT)の内部空間を反応場とする新たな合成法を開発したという。
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MoS2ナノチューブの小径化と今回の研究の位置付け。従来のTMDNTは多層構造(10nm以上)が主流で、近年はBNNTやCNTの外壁をテンプレートに利用した単層化(5~10nm)が進められてきた。今回の研究ではBNNTの内部空間を利用し、さらに微細な(数nm以下)の単層ナノチューブが実現された。(出所:東大Webサイト)
BNNTは、カーボンナノチューブ(CNT)と相似の構造を持ち、炭素の代わりにホウ素と窒素が交互に並ぶ六員環ネットワークを円筒状に巻いたナノチューブだ。このBNNT内部に硫化モリブデンの前駆体を導入し、高温熱処理をすることで、直径数nm以下の極細MoS2ナノチューブが形成された。MoS2はモリブデンと硫黄からなる層状物質で、層間がすべりやすい性質を持つため潤滑剤として利用されてきたが、近年は極薄でも機能する次世代半導体材料として脚光を浴びている。
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原子レベルで確認された同軸ナノチューブ構造。(左)BNNT内部で形成されたMoS2ナノチューブとGAAトランジスタのチャネル。(中央)透過型電子顕微鏡像。単層ナノチューブがBNNT内部に同軸状に形成されている。(右)原子分解能観察および元素マッピングにより、MoS2(内側)とBN(外側)からなる半導体/絶縁体の同軸構造が実証された。(出所:東大Webサイト)
研究チームはこれまで、化学気相成長法によってBNNT内部でのMoS2ナノチューブ合成に成功していた。しかし、生成量が極めて少ない上に、直径も3nm程度が限度だったとした。それに対し今回の手法では、より細く構造の整ったMoS2ナノチューブを高収率で合成することに成功した。
透過型電子顕微鏡を用いた観察では、直径2nm以下の単層ナノチューブがBNNT内部に多数形成され、最細では1nmに達することが確認された。さらに統計解析から、直径が細くなるほど「アームチェア型」と呼ばれる特定の原子配列が選択的に形成されることが明らかにされた。また、電子エネルギー損失分光を用いてBNNT内の単一ナノチューブの光学特性を測定したところ、直径の縮小に伴いバンドギャップが小さくなる傾向も判明。この特性は理論的には四半世紀前から予測されていたもので、今回初めて実験的に実証された形だ。
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MoS2NTのカイラリティ分布。直径4nm以上の領域ではカイラル角分布が広がるのに対し、直径2nm以下の微小径領域では30°付近に強い偏りが見られる。これは、ナノ空間による空間的制約が構造選択性を生み出していることを示唆しているとした。(出所:東大Webサイト)
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直径縮小に伴うバンドギャップの変化。(中央)電子エネルギー損失分光による単一NTの光学計測。(右)NTの直径が小さいほど吸収端(バンドギャップ)が低エネルギー側へシフトしている。(出所:東大Webサイト)
半導体を絶縁体が取り囲む同軸構造は、次世代トランジスタや光電子デバイスの基盤となることが期待される。この構造はGAAトランジスタの構造に対応しており、今回のナノチューブはまさにナノスケールのチャネルモデルとみなせるという。
今回の成果は、ナノ空間を利用したボトムアップ合成により、原子レベルで構造が制御された極細半導体を実現したもので、超微細トランジスタのチャネル設計や低消費電力デバイスの実現に新たな指針を提示するとした。また、直径1nmの極細ナノチューブでは、量子効果や曲率による電子構造の変化など、新物性の発現も期待できるという。さらに、今回の手法はMoS2以外のTMDにも応用可能であり、これまで炭素材料中心だったナノチューブ科学を多彩な無機材料へと拡張する可能性も秘めるとしている。

