中東情勢の緊張により、原材料の供給が不安定になっている。Specteeがこのほど、「未来志向のサプライチェーンレジリエンス」をテーマにしたカンファレンス「SFX'26 - SUPPLYCHAIN FUTURE EXPERIENCE」を開催した。

中東情勢の緊張が高まり、ホルムズ海峡の通航制限や紅海・スエズ運河周辺での混乱は、世界のサプライチェーンがいかに不安定であるかを明らかにした。原油やLNG(Liquefied Natural Gas:液化天然ガス)、ナフサをはじめとする化学原料といった物資が特定の海峡に依存している現実は、物流の遅延や価格高騰を通じて、製造業だけでなく私たちの生活まで影響を与えている。

サプライチェーンの強靭化が単なる「対策」ではなく、重要な「戦略」と捉えて競争優位に変えられている企業と、そうでない企業の差はどこにあるのだろうか。Spectee 代表取締役 CEOの村上建治郎氏と、未来調達研究所で経営コンサルタントを務める坂口孝則氏の対談から探ってみよう。

  • Spectee 代表取締役CEO 村上建治郎氏、未来調達研究所 経営コンサルタント 坂口孝則氏

    (左から)Spectee 代表取締役CEO 村上建治郎氏、未来調達研究所 経営コンサルタント 坂口孝則氏

なぜ「調達に強い企業」と弱い企業が分かれるのか

村上氏:ここ数カ月間で最も話題になっているのは中東情勢です。本日の来場者の方のお話を聞いていても、「調達が厳しい」という声がありました。最近は特に塗料や接着剤が手に入りにくくなっているそうです。

  • Spectee 代表取締役CEO 村上建治郎氏

    Spectee 代表取締役CEO 村上建治郎氏

坂口氏:3月上旬くらいから原油やLNGが手に入りにくくなり、中旬には半導体に必要なヘリウム、下旬にはナフサ由来のプラスチック製品が順に不足し始めました。最近では製薬業界のエタノール、住宅メーカーの接着剤や塗料など、さまざまな影響が明らかになっています。

  • 未来調達研究所 経営コンサルタント 坂口孝則氏

    未来調達研究所 経営コンサルタント 坂口孝則氏

村上氏:坂口さんは多くの会社を見ていると思いますが、その中で先手を打って対応できた企業の事例はありますか。

坂口氏:日本では3800社ほどが上場していますが、調達やサプライチェーンを経験した方が取締役になっている企業は4分の1ほどしかありません。残りの企業は調達やサプライチェーンの専門ではない方々で取締役会が構成されているということです。

優れた企業の例として、具体的なお名前は出しませんが、ある日用品メーカーL社では、万が一のインシデント発生時には通常時の2倍~3倍の決裁権限を与え、ただちに物資を押さえるようにしていたそうです。

実際に他社でも、競合と比べて調達の判断が数時間早かったおかげで、先んじてサプライヤーの生産を自社に振り向けられたという例はいくつもあります。緊急事態に強い企業を一言で表すと「トップの意識が違う」に尽きると思います。

発注の最終的な責任を負うのは、やはり発注側です。その意識が強い企業はサプライチェーンマップの可視化や、ティア2(2次サプライヤー)・ティア3(3次サプライヤー)を含めた戦略的な在庫の確保などに着手しています。

なぜ今「確率」でサプライチェーンを管理するのか

村上氏:今は日用品メーカーの例を出していただきましたが、業界によって違いは見られますか。

坂口氏:はい。サプライヤーへの依存度が高い業界は対応できている企業が多いです。順番にすると、自動車、電機、日用品、半導体、でしょうか。自動車業界などはサプライヤーの情報を吸い出しやすいのですが、反対に日用品業界などはサプライヤーの情報を伝えてしまうこと自体が、サプライヤーにとっての競争優位性を失う原因になるという意識があり、なかなか進みづらいです。

村上氏:私たちも自動車メーカーと話をする機会があるのですが、例えば自動車部品の材料がどこから来ているのかといった情報は、競争の源泉として扱われます。それをなかなか開示するわけにはいきませんね。

日本は特にそう考えている企業が多い印象です。一方で、今回のようなインシデントが発生すると、逆にそこがボトルネックになるケースも多いです。

坂口氏:例えばドイツのサプライチェーン法では、発注側がティア2・ティア3のサプライヤーも管理することが定められています。そのサプライチェーンの中で環境リスクや人権リスクなどが侵された場合には、発注者の責任が問われます。

そのような法律があると、発注者はサプライヤーに対し、その先のサプライヤーの情報を開示してもらいやすくなります。

他にもフランスでは、具体的な固有名詞までは出さなくとも、地理的な場所までは回答することが定められています。しかもこの情報はブロックチェーン上で管理されているので、改ざんできません。

世界的な潮流として、「確率論」が標準的になっているのを感じます。この確率論とは、具体的な社名をヒアリングするのではなく、「このサプライヤーと取引している企業はこの辺にあるはずだ」という確率をもとにサプライチェーンを推測する手法です。

まったく情報がないよりは、このモデルの方が良いはずです。しかし日本の企業の調達・購買担当者と話していると、「うちの場合は実際どうなのかが具体的に分からないと動けない」と言われる場面が多いです。この意識が少しずつ変わってほしいと思います。

52秒止まれば100万円損失 リスクを可視化する方法

村上氏:当社はサプライチェーンだけでなく防災ソリューションも開発しているのですが、似たような感覚があります。日本企業はあいまいな情報が苦手で、「8割がた合っている」情報が嫌われ、100%の精度が求められます。

坂口氏:時代がこれだけ不確実になっている中で、調達部員は不確実性に耐えられないんですね。それは経営層の意識のせいかもしれないですし、不確実なリスクに対応する費用対効果が見えにくいからかもしれません。

村上氏:たしかに調達の現場からすると、しっかりやればやるほどコストがかかるので、費用対効果の影響が分かりにくいです。そのため予算などを申請しにくい場合も多いでしょう。この状態をどう突破できるでしょうか。

坂口氏:自動車製造の現場には、「52秒で100万円の原則」というものがあるそうです。これは、自動車工場のラインではおよそ52秒に1台の車が作られていることを示しています。52秒間ラインを止めるということは、約100万円の粗利を失うのと同じです。この法則により、「何分間ラインが止まったらいくらの損失」というのがすぐに計算できます。

これを参考に、BCPやシステムを構築する際には、およそでかまわないので、万が一生産ラインが止まったらいくらの損失かを計算する目安を持ってみるのはいかがでしょうか。

  • Spectee 代表取締役CEO 村上建治郎氏、未来調達研究所 経営コンサルタント 坂口孝則氏

なぜ「今すぐ役立つ対策」でないと導入されないのか

坂口氏:突然変な話を始めるようですが、私は以前はタバコを吸っており、禁煙した経験があります。その際に禁煙に関する本をたくさん読み、あることに気付きました。

禁煙の本でよく売れているのは、中長期的な禁煙のメリットを述べている本ではなく、短期的なメリットを説明している本です。サプライチェーンも同様に、「いつか役に立ちそう」なリスク対策をするのではなく、「今すぐ役に立ちます」というシステムを説明する必要があると思っています。

例えばEUでは2026年から、ティア2・ティア3の管理を厳密に行っている企業でないと自国に製品を輸入させない、という動きが出始めています。ティア2・ティア3までサプライチェーンを把握しておくことは、今まさにビジネスに影響し始めているんです。

村上氏:さきほどの52秒で100万円の法則や、禁煙と絡めた目の前のビジネスへの影響のお話をいただきましたが、なにか良い計算方法や目安となる数値はあるのでしょうか。

坂口氏:学術的には、EBITDA(Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization:税引前利益に特別損益、支払利息、減価償却費を加えた利益)に基づく方法があります。

サプライチェーンリスクに事前に備えていた企業は、そうでなかった企業と比較して、約40%もEBITDAの伸びが高かったという研究結果があります。ですので、簡易的に計算しようと思ったら、自社のEBITDAに40%程度の損失が生じると考えてみてください。それはサプライチェーンリスクに対する投資の検討材料にもなると思います。

なぜ経営層はリスク対策を理解しないのか

村上氏:次の悩みとして、現場の担当者がリスクを計算して部長や役員に相談しても、なかなか理解してもらえなかったり、受け入れてもらえなかったりします。この解決方はあるでしょうか。

坂口氏:さきほど説明したような客観的な数字を使って説明するのが重要だと思います。しかしそれ以上に大事なのは、たとえ受け入れてもらえなくても、説明すること自体だと思います。

例えば芸能事務所の不祥事や企業のインシデントが発生したとき、話題になるのは事前に100%の対策を取っていないかったことではなく、問題が発生したときにできる限りの対応を取らないことです。

そうならないために、たとえ経営層に受け入れてもらえなくても、リスクと費用対効果を事前に伝えておくことが大事だと思います。

村上氏:中東情勢の悪化やホルムズ海峡の閉鎖のような大きなニュースではなくとも、調達の現場の担当者は日々小さなインシデントに対応しています。だからこそ現場では業務効率化やシステム導入を進めたいのですが、経営層には理解してもらえません。

坂口氏:経営層のフォローもしておきたいのですが、例えば米国では何かシステムを入れたら、それに合わせて大幅なリストラクチャリング(リストラ)が行われます。しかし日本では簡単にはできません。なので日本ではシステム導入が進まない背景があると思います。ただし現代はチャンスです。人手不足が進行中だからです。

次の平和は入荷未定 - いますぐ購買・調達担当者ができること

村上氏:そろそろお時間が近づいてきました。調達の現場の方は何から始めたら良いでしょうか。メッセージをお願いします。

坂口氏:ガバナンスの重要性が高まっているので、調達や購買の現場は業務量がとても多いと思います。この中で定型業務はなるべくAIに任せ、残りの時間でリスク対応や付加価値の高い業務にシフトしてほしいです。

また、これからの時代は異業種とのつながりや、これまで接してこなかったテクノロジーの積極活用も進めてください。「世界ではここまでリスクをマネジメントできるようになってる」と学ぶのも良いでしょう。

世界の緊張状態はもうしばらく続きそうです。だからこそ、積極果敢に今できるリスク低減とサプライチェーン構築、経営層へのアプローチなどに挑戦してほしいです。