ありふれた元素を用いた次世代スピントロニクスへの応用が期待される「ハーフメタル補償型フェリ磁性体」の創出に向け、鉄・クロム硫化物の製造プロセスの最適化に挑んだ成果を、東北大学など6者が共同発表した。

  • (a)ピロータイト型結晶構造は、六方晶ヒ化ニッケル(NiAs)型構造をa・c軸に2個ずつ積み上げたような構造が特徴だ (b)Fe(Cr)の層に着目すると、1層おきに空孔が規則的に配列している。高温からの急冷でその空孔の配置が不規則化し、磁化補償温度が制御可能であることが今回の研究で明らかにされた (出所:東北大プレスリリースPDF)

    (a)ピロータイト型結晶構造は、六方晶ヒ化ニッケル(NiAs)型構造をa・c軸に2個ずつ積み上げたような構造が特徴だ (b)Fe(Cr)の層に着目すると、1層おきに空孔が規則的に配列している。高温からの急冷でその空孔の配置が不規則化し、磁化補償温度が制御可能であることが今回の研究で明らかにされた (出所:東北大プレスリリースPDF)

東北大と、島根大学、九州大学、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、大阪大学、アカデメイアが8月3日に発表したもの。

鉄・クロム硫化物「(Cr,Fe)7S8」の製造プロセスを最適化するための熱処理(焼き入れ)条件を検討した結果、絶対温度1323K(約1,050度)以上から急冷することで、不純物の析出を完全に抑えた準安定相(単相)を得ることに成功。5K(約-268度)において、38キロエルステッド(kOe)というきわめて巨大な保磁力を示したという。

この成果は、東北大 金属材料研究所(IMR)の梅津理恵教授、島根大 材料エネルギー学部(IMRクロスアポイント)の千星聡教授、九大大学院 工学研究院の吉年規治准教授、JAMSTEC 情報地球科学研究部門(地球情報科学技術センター)の真砂啓技術副主幹、JAMSTEC 技術研究開発部門の川人洋介上席研究員、産業技術総合研究所 材料・化学領域の福島鉄也研究チーム長、阪大大学院 工学研究科の赤井久純 招へい教授(アカデメイア所属)らの共同研究チームによるもの。詳細は、ナノ/マイクロスケールの科学技術および材料分野を扱う論文誌「Small」に掲載された。

磁気ストレージや半導体デバイスのさらなる大容量化・省電力化に向け、電流(「電荷」の流れ)に加え、電子の磁石としての性質である「スピン」を同時に利用するスピントロニクス技術の研究が活発に行われている。

近年では、デバイスの超高密度化に伴い、素子同士の磁気的な干渉(漏れ磁場による誤作動)を防ぐため、「マクロな磁化がゼロ(またはきわめて小さい)」でありながら「高いスピン分極率」を持つ材料の探索が世界中で進められている。

そこで研究チームは今回、これまでの研究で理論的・実験的に発見していた鉄・クロム硫化物「(Cr,Fe)7S8」に着目。今回の研究では、その特性を最大限に引き出すための製造プロセス(焼結・急冷条件)の最適化に取り組むことにした。

まずは、「(Cr,Fe)7S8」を1323K(約1,050度)および1423K(約1,150度)という高温域まで熱し、その温度からの急冷が行われた。その結果、不純物(スピネル相)の析出が完全に抑制され、「単相」が得られることが確認された。

しかも、1323Kから急冷した試料では、磁化がゼロになる磁化補償温度が約200K(約-73度)だったのに対し、1423Kからの場合は約90K(約-183度)と100K以上も変化することが判明。急冷温度を変えることで、結晶内の空孔(原子の隙間)の規則性をナノレベルで制御できること、つまりは磁化補償温度を急冷プロセスで制御できる可能性が見出されたのである。

また、1323Kから急冷した試料は、5K(約-268度)において38kOeという驚異的な磁気保磁力を示した。保磁力とは、磁石の「磁化の反転しにくさ」、つまり記録された磁気情報の「消えにくさ(強固さ)」を表す指標である。38kOeという値はきわめて巨大で、一度書き込んだ磁気情報が外部の強力な磁場やノイズにさらされても容易には破壊されないきわめて高い安定性を有することを示しているとした。

  • (a)1423K(約1,150度)、および(b)1323K(約1,050度)にて焼結し、急冷(WQ)して得られた試料の組織。数十μmの結晶が凝集して数百μmの粒を形成している。析出物相は見られず、X線回折測定の結果と合わせて単相であることが確認された (出所:東北大プレスリリースPDF)

    (a)1423K(約1,150度)、および(b)1323K(約1,050度)にて焼結し、急冷(WQ)して得られた試料の組織。数十μmの結晶が凝集して数百μmの粒を形成している。析出物相は見られず、X線回折測定の結果と合わせて単相であることが確認された (出所:東北大プレスリリースPDF)

  • 1323Kから急冷(WQ)して得られた試料の磁化曲線。特に、5K(約-268度)で測定した磁化曲線では非常に大きなヒステレシスが観測され、保磁力は38kOeだった (出所:東北大プレスリリースPDF)

    1323Kから急冷(WQ)して得られた試料の磁化曲線。特に、5K(約-268度)で測定した磁化曲線では非常に大きなヒステレシスが観測され、保磁力は38kOeだった (出所:東北大プレスリリースPDF)

加えて、第一原理計算を用いた電子状態の計算により、今回の「(Cr,Fe)7S8」が「ハーフメタル型電子状態」を有していることが明らかにされた。

なお、ハーフメタル型電子状態とは、上向きと下向きのスピンのうち、一方のスピンにとっては電気を100%近く通す金属的に振る舞い、もう片方のスピンにとっては絶縁体または半導体的に振る舞う、きわめて特殊な電子のエネルギー状態を指す。

今回の成果の最大のポイントは、鉄・クロム・硫黄という、安価かつ地殻中に豊富に存在する一般的な元素の組み合わせのみで、巨大保磁力、ハーフメタル型電子状態、「補償型フェリ磁性」(フェリ磁性のうち、磁気モーメントが反平行に並び、全体の磁化がほぼゼロになったもの)、という特殊な次世代機能を発現させた点にあるという。

さらに、近年注目を集める、補償型フェリ磁性体や「オルターマグネット(交代磁性体)」(強磁性体、反強磁性体に続く第3の磁性体)の解明に向けた議論に一石を投じる学術的価値があるとした。

研究チームは、すでに今回の物質の単結晶の合成にも成功しており、今後は結晶の方位による磁気異方性や、実際のデバイス動作に直結する電気伝導・スピン輸送特性の評価を進める予定だという。

これにより、漏れ磁場がなく、熱に強く、超高速で動作する次世代磁気抵抗メモリ(MRAM)などの実用化の促進に貢献することが期待されるとしている。