長崎大学は5月11日、東シナ海の五島海盆周辺の深海域における調査の結果、深海性等脚類「オオグソクムシ」が特定の水深帯に高密度で生息していることや、小型個体は浅い水深に多く分布するなど、成長段階によって生息水深が異なる傾向を明らかにしたと発表した。
同成果は、長崎大大学院 総合生産科学研究科の安齋沙矢乃大学院生、同・田中章吾大学院生(日本学術振興会特別研究員)、同・シティ・シャズワニ・アズミ大学院生、同・和泉匠真大学院生、長崎大 水産学部附属 練習船長崎丸の丸山裕豊氏、同・練習船鶴洋丸の保科草太氏、長崎丸の眞角聡氏、同・合澤格氏、鶴洋丸の内田淳氏、長崎丸の木下宰氏、同・山脇信博氏、鶴洋丸の青島隆氏、長崎丸の森井康宏氏、長崎大大学院 総合生産科学研究科/水産学部の清水健一教授、長崎大 水産学部の八木光晴准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、オックスフォード大学出版が刊行する、米国甲殻類学会の旗艦学術誌「Journal of Crustacean Biology」に掲載された。
“深海のアイドル”が多くする場所が明らかに?
太陽光の届かない深海は、低温・高圧の極限環境であり、表層から沈降する生物の遺骸や有機物などの限られた資源を糧とする、地表とも浅海ともまったく異なる異質な生態系が形成されている。そのような環境で、移動性のスカベンジャー(腐肉食者)は有機物の分解や再利用を担う重要な存在だ。中でも“キモカワイイ”と人気を博す「オオグソクムシ」類は、深海の物質循環を支える代表的な分類群の1つとして知られている。
しかし、深海底の生物の直接観察や定点調査は容易ではなく、オオグソクムシ類の生態は不明な点も多い。特に、同一種の中で成長段階(体サイズ)が水深などの環境勾配に沿ってどのように変化するのかは十分に理解されていなかった。成長段階による棲み分けの有無は、個体群の分布や資源量の推定精度にも直結するため、広範囲い水深をカバーした定量的なデータが求められていた。
オオグソクムシ(学名:Bathynomus doederleini)は北西太平洋に分布し、日本周辺でも捕獲記録があるが、東シナ海に関しては報告例が極めて少なく、九州西方海域(五島海盆周辺)における分布や生息実態は十分にわかっていなかった。この海域は、オオグソクムシの東シナ海における分布北限域にあたると推測されており、そこでの出現量や体サイズ構成を把握は、深海生態系の理解や将来的な比較基準を確立する上でも重要となる。
こうした背景を踏まえ、研究チームは今回、五島海盆周辺の深海域で長崎大の練習船「鶴洋丸」を用いた「ベイトトラップ調査」を複数回にわたって実施し、広い水深帯におけるオオグソクムシの生息水深や出現量、および体サイズの分布の定量化を試みたという。
調査は2021年12月から2024年12月にかけて7回実施された。五島海盆周辺の19地点(水深151~821m)にトラップを設置し、各地点の緯度経度、水深、水温、トラップ投入時間などの条件を統一して記録。水温データの取得にはCTD観測が、深部では水温ロガーも併用された。その結果、合計1152個体のオオグソクムシの捕獲に成功したとする。
捕獲努力量当たりの捕獲数(CPUE)を分析したところ、水深によって有意な差が認められ、水深400~500mで最大となり、700m以深で急減することが確認された。なお、今回の調査範囲の最浅部(151m)および最深部(821m)では捕獲されず、特定の水深帯に集中して生息している実態が浮き彫りとなった。また最も多かったトラップは水深337mのSt.8で、そこでは201個体が得られたとした。五島海盆周辺の深海域に、高密度な個体群が存在することが示唆された。
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東シナ海における、オオグソクムシの捕獲のしやすさ(CPUE)と水深の関係。捕獲のしやすさは水深によって異なり、水深400~500m付近で捕獲効率が最大となる傾向が確認された。水色は角形トラップ、桃色は円筒形トラップ、黒は両方を合わせた平均。括弧内の数字は調査回数(n)を示す。(出所:長崎大Webサイト)
捕獲個体の体長は最小2.9cm(マンカ幼生)から最大12.9cm(体重0.9~65.9g)と広範囲にわたり、体サイズ分布は水深によって有意に変化。特に、各水深帯の最小5%個体の体サイズは深くなるほど大きくなる傾向が統計的に支持され、小型個体が浅い水深に偏ることが示された。一方で、最大5%の個体サイズは水深との相関は見られず、生態の最大サイズは生息深浅にかかわらずほぼ一定であることが明らかにされた。以上の結果から、五島海盆周辺が東シナ海におけるオオグソクムシの分布北限域として機能している可能性が改めて示されたとした。
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東シナ海における、オオグソクムシの体サイズ分布の水深の比較。小型個体群では、水深が深くなるほど少なくなる傾向が確認された。これは、小型個体が深い場所にはあまり見られないことを示す。括弧内の数字はサンプル数(n)。(出所:長崎大Webサイト)
今回の研究は、北限域と考えられている五島海盆周辺において、広範な水深帯を対象に、オオグソクムシの出現量と、成長段階ごとの分布特性を定量化した点が大きな成果だという。深海生態系に関する基礎情報の不足が課題となる中、具体的なデータに基づいて五島周辺の深海の実態を解明した点に意義があるとする。
研究チームは今後も、練習船を活用した継続的な調査を通じて深海底の生物群集の実態解明を進め、五島周辺の深海域における生態系評価に資する基礎情報を蓄積していきたいと考えているとしている。

