富山大学は4月22日、環境省による大規模出生コホート「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」の約8万人分のデータを用いて、乳児期の栄養方法と1歳時の睡眠時間との関連を検討した結果、生後6か月までに母乳を与えられていた子は、人工乳のみで育った子と比べて、1歳時に睡眠不足となる子が少ない傾向にあることが明らかになったと発表した。

  • 母乳と人工乳が子どもの睡眠に与える影響とは?

    今回の研究により、生後6か月まで母乳を与えられていた子は、人工乳のみで育ったこと比べ、1歳児に睡眠不足となる子が少ない傾向にあることが判明した。(出所:富山大プレスリリースPDF)

同成果は、富山大学医学薬学教育学部 生命・臨床医学専攻の中川結理大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の臨床栄養学および代謝分野を扱う学術誌「European Journal of Clinical Nutrition」に掲載された。

乳児期に睡眠時間が短いことは、将来的な肥満や行動面の問題、学習能力の低下などと関連することが報告されており、この時期に十分な睡眠を確保することは、その後の身体的・精神的発達にとって重要だ。乳児は、成長と共にまとまった時間の睡眠を取るようになるが、新生児期には2~3時間おきに目覚めて授乳が必要となるため、保護者にとってもその負担は小さくない。

母乳は感染症予防や長期的な健康への好影響など、さまざまな利点が知られており、世界保健機関(WHO)も生後6か月間の母乳栄養を推奨している。一方で、「母乳では眠らないのではないか」、「人工乳の方が腹持ちが良く、長く眠るのではないか」といった疑問や認識も広く見られるという。母乳は消化が良いため空腹になりやすく、授乳間隔が短くなると推測されていることから、乳児の睡眠を考慮して栄養方法を選択する保護者もいると考えられる。

しかし、乳児期の栄養方法とその後の睡眠との関連について、大規模な疫学研究による検討はこれまで限定的だったとする。そこで研究チームは今回、乳児期の栄養方法(母乳および人工乳の組み合わせとその期間)と、1歳時の睡眠時間との関連を検討したという。

対象は、エコチル調査に参加した8万2918人の子どもだ。エコチル調査とは、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を解明するため、2010年度から全国約10万組の親子を対象として環境省が実施している、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査を指す。

今回の研究では、生後6か月までの栄養方法により、「完全人工栄養6か月(母乳を一切与えていない)」、「母乳6か月未満(人工乳を与え、かつ、母乳を与えた期間が6か月未満)」、「母乳6か月+人工乳(人工乳は与えつつ、母乳を6か月間継続)」、「完全母乳6か月(6か月間、母乳のみ与えた)」の4群に分類された。1歳時点の睡眠時間については、保護者が回答した質問票から算出し、11時間未満だった子を「睡眠不足」と定義した。これは、米・National Sleep Foundationが示す1~2歳時点の推奨睡眠時間の11~14時間を参考に設定された。

解析には多変量ロジスティック回帰分析を用い、母親の年齢、家庭の社会経済状況、妊娠経過、出生状況、育児環境などの影響を統計学的に調整した上で関連が評価された。その結果、完全人工栄養6か月だった子と比較した場合、睡眠不足となるリスクは以下の通りだったとした。

  • 母乳6か月未満:0.84倍
  • 母乳6か月+人工乳:0.79倍
  • 完全母乳6か月:0.77倍

母乳を与えたいずれの群も、睡眠不足の子が少なくなる傾向が確認された格好だ。このように、乳児期の栄養方法と1歳時の睡眠との間に関連が見られ、栄養方法が睡眠リズムの形成と関係している可能性が示唆された。

  • 生後6か月までの栄養方法と1歳時点における子の睡眠不足の関連

    生後6か月までの栄養方法と1歳時点における子の睡眠不足の関連。(出所:富山大プレスリリースPDF)

その背景として、母乳に含まれる生理活性物質の関与が考えられるという。母乳には、体内時計の調節に関わるホルモン「メラトニン」が含まれており、睡眠の質の向上や入眠の促進に関与するとされている。新生児は生後しばらくの間、自ら十分なメラトニンを分泌できないため、母乳由来のメラトニンが睡眠リズムの形成に寄与している可能性があるとの見解だ。

さらに、母乳にはメラトニンの前駆体である「トリプトファン」も含まれており、その濃度は夜間に高くなることが知られている。これらの成分が相互に作用することで、乳児の概日リズムの発達に関与している可能性が浮上した。

加えて、母乳栄養は乳児の腸内細菌叢の形成にも影響することが知られており、腸内環境を介した経路も考えられるとする。近年、脳と腸が相互に影響し合う「脳腸相関」の重要性が指摘されており、腸内細菌が神経発達や睡眠調節に関与する可能性が報告されている。母乳栄養と人工栄養では腸内細菌叢の形成過程が異なることから、こうした違いが睡眠リズムの形成に関連している可能性も考えられるとした。

ただし今回の研究は観察研究であり、栄養方法と睡眠との関連が示されたものであって、生物学的メカニズムを直接検証したものではないことに注意が必要だという。睡眠時間および授乳状況は、いずれも保護者による質問票に基づいた評価のため、測定誤差や回答バイアスの影響を受ける可能性があるとする。また、睡眠環境などの未測定要因の影響も否定できず、観察された関連の大きさも比較的小さいことから、因果関係の解釈には慎重さが求められるとした。

こうした限界はあるものの、母乳で本当に子は眠ってくれるのか、また栄養学の進歩により人工乳の方が子にとって望ましいのではないかといった、保護者が抱く漠然とした疑問や認識に対し、今回の研究はその前提をデータに基づいて再考する契機となるものと考えられるとする。今後は、こうした関連が長期的な発達にどのようにつながるのかを追跡すると共に、ホルモンや腸内細菌などの生物学的指標を直接評価する研究により、そのメカニズムをより詳細に解明していく必要があるとしている。