東京大学(東大)、神戸大学、松江工業高等専門学校(松江高専)の3者は5月11日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星探査機「あかつき」が発見した南北約6000kmにわたる金星の雲の不連続線が、大気の流れが急激に変化して上昇気流が生じる「ハイドロリック・ジャンプ(跳水現象)」という現象によって生じることを数値シミュレーションにより解明したと共同で発表した。
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「あかつき」のIR2カメラが捉えた、2016年8月18日(左)と8月27日(右)の夜側の雲の様子。高温の大気から発せられる赤外線を光源とし、上空の雲が影絵として映し出されている。暗い部分は雲が濃い領域を指し、矢印は不連続線の位置を示す。(出所:東大プレスリリースPDF)
同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻の今村剛教授、JAXA 宇宙科学研究所の佐藤毅彦教授、神戸大大学院 海事科学研究科の前島康光准教授、松江高専 情報工学科の杉山耕一朗教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国地球物理学連合が刊行する、惑星科学を扱う学術誌「Journal of Geophysical Research:Planets」に掲載された。
金星で起こる「ハイドリック・ジャンプ」とは?
金星は、直径が地球の約95%、体積が約86%、質量が約82%と、太陽系内で最も地球に近い「双子星」といわれる一方、その環境は極めて過酷だ。地表温度は約460℃、大気圧は約90気圧に達することが知られている。分厚い硫酸の雲に覆われており、入射する太陽光の約8割を宇宙空間へ反射することで気候に多大な影響を及ぼしている。高度約60~70kmの上層雲は光化学反応で生成されると考えられているが、約50~60kmの下層雲の成因は未解明のままだった。
2010年5月に打ち上げあげられ、2025年9月に運用を終了した「あかつき」は5台のカメラを搭載しており、そのうち雲の下層まで透視可能な近赤外の「2μmカメラ」(IR2)による観測が行われた。そして、2016年に下層雲領域において、南北約6000kmに及ぶ鮮明な雲の境界線(不連続線)が発見された。この境界線は、5日間で金星を一周する速度で長期間伝播し、境界線の後方では雲量が不連続に増加する様子が確認されていた。
この雲の成因を解明するため、研究チームは今回、地球気象数値モデル「CReSS」を金星用に改変してシミュレーションを実施し、この物理的メカニズムを詳細に調査したという。
そしてシミュレーションの結果、この構造は水平方向の流れが急激に変化して空気が跳ね上げられるハイドロリック・ジャンプによって形成されることが明らかにされた。地球では山岳の風下や河川など、風や水の速度が変化する場所で生じる現象だが、金星では波長4万kmに及ぶ大規模な大気波動「(赤道)ケルビン波」が引き金になっているものと推定され、これは太陽系最大のハイドロリック・ジャンプといえる。
金星の雲下には、ケルビン波が伝播しやすい大気層が存在する。ここで力学的に不安定化したケルビン波が流速を急激に変化させ、前線に沿った上昇気流を誘発。すると、雲下に濃集する硫酸蒸気が持ち上げられて冷却・凝結し、後方に流されていくことで広範な雲が形成される仕組みだ。
数値シミュレーションでは、前線で空気が3kmも上昇し、後方に波状構造が形成される様子が再現された。これは「あかつき」が観測したさざ波状の雲淡模様と似ており、提案されたメカニズムの妥当性が裏付けられたとする。また、硫酸の凝結過程の検証により、観測と同等の急激な雲量増加が起こり得ることも判明し、金星の下層雲形成の主要因である可能性が示された。
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金星大気の数値シミュレーションと観測の比較。(a)数値シミュレーションによる、ハイドロリック・ジャンプ発生時の物質面(温位面)の東西-高度断面図。水平距離1万7000km付近で不連続的に段差が生じている。(b)(a)の不連続近傍の拡大図。実線は物質面の変動を、色は鉛直風の速度を表す。(c)波長2.26μmの近赤外線で撮影された不連続な雲構造のクローズアップ。右の暗い領域は雲が濃い。(d)(c)の赤線に沿った輝度分布。波状構造のピークが青破線で示されている。(出所:東大プレスリリースPDF)
さらに、ケルビン波がハイドロリック・ジャンプを介して大気層に西向きの力を与え、金星に特有の高速大気循環「スーパーローテーション(超回転)」の維持に寄与している可能性も示唆された。これまで、スーパーローテーションの駆動源としては、「あかつき」による観測を基に提案された「熱潮汐波」が注目されてきたが、今回の研究成果によりケルビン波の役割も浮上した形だ。
金星は、自転軸がひっくり返っており、地球とは異なる西向きの時点をしており、約243地球日という低速で1回転している。スーパーローテーションは、この自転速度を大幅に上回る西向きの循環であり、高度70km付近では自転速度の約60倍に達する毎秒100mもの暴風となる。その加速・維持メカニズムは未解明の部分が多く、その解明は惑星気象学における長年の課題となっている。
ハイドロリック・ジャンプは、キッチンの流しなどでも容易に観察できる身近な物理現象だが、それが惑星規模で発生し、気候形成を左右している点が今回の発見の要点といえる。大規模な大気波動由来のハイドロリック・ジャンプは、他の惑星大気でも生じている可能性があり、今回の研究を契機に新たな大気力学過程の理解が進むことが期待されるとしている。
