量子科学技術研究開発機構(QST)と日本原子力研究開発機構(JAEA)の両者は4月13日、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)が2026年2月12日に公表した最新の「UNSCEAR 2024年報告書(Volume.2)」において、JAEAが開発した宇宙線挙動解析モデル「PARMA」が採用され、QSTがこのモデルを用いて世界の宇宙線被ばく線量の全面的な再評価を行い、宇宙線による公衆被ばく線量値の改定に貢献したと発表した。
-

JAEAのPARMAモデルを用いてQSTが作成した「世界の宇宙線被ばく線量地図」。国別の年間平均値が示されており、屋内滞在率80%や、住居などによる遮へい率90%などの実態が反映されている(UNSCEAR 2024 年報告書より引用された図)。(出所:JAEA Webサイト)
放射線は短時間に多量に浴びれば生命を脅かすが、微量であれば健康を脅かすようなことはない。人体内にも微量ながら放射性核種は存在しており、中でも影響が顕著なのがカリウムの放射性同位体「40K」である。カリウムは神経伝達や筋肉収縮に不可欠なため、生体内で必要とされる総量が多く、バナナなどの食品から摂取した際、天然存在比が約0.012%の40Kは必ず含まれる。しかし、その結果として健康を害するようなことはまず起きることはない。それ以外にも、あらゆる環境に放射性核種は微量ながら存在しているし、宇宙からも宇宙線として降り注いでいる。人々は内部および周囲の環境から日常的に放射線を浴びて生活しているのが実態だ。
しかし、通常は健康を害するほどの多量な放射線を自然に浴びることはないものの、地域によって環境中の線量は異なり、リスクが皆無とはいい切れない。そのため、どの程度の被ばくがあるかを正確に把握することが、放射線リスクを適切に判断する上での大前提となる。
UNSCEARは、放射線の人体への影響や環境レベルを科学的に評価し、国連総会へ報告する役割を担う委員会だ。その報告書は、国際原子力機関(IAEA)の安全基準や各国の放射線防護規制の基礎となる権威ある文書である。同委員会は自然放射線による被ばく線量を重要な基礎データと位置づけ、最新の知見に基づいた定期的な見直しを実施しており、2026年2月12日には最新版となる「UNSCEAR 2024 年報告書(Volume.2)」を公開した。
自然放射線による被ばくは、空気や食品由来の核種による「内部被ばく」と、地表や宇宙からの放射線による「外部被ばく」に大別される。このうち、宇宙からの放射線(宇宙線)が地表に到達する量は、標高や緯度(地磁気の影響)、さらには太陽活動の影響を受けて大きく変動するのが特徴だ。
これまでのUNSCEAR報告書(2000年、2008年など)では、緯度帯ごとの代表的な宇宙線強度と人口割合、高度補正係数を組み合わせて推定する手法が用いられてきた。しかし、この手法では居住高度を仮過大に見積もる傾向があり、宇宙線による世界平均実効線量が実態より高く評価されるという課題を抱えていた。
こうした課題に対し、JAEAが開発した「PARMAモデル」が大きな役割を果たした。同モデルは大気圏内における宇宙線の挙動を物理学的に精緻にシミュレーションし、あらゆる条件下での線量を解析的な数式で算出できることを特徴とする。今回、UNSCEARはPARMAモデルを「現在利用可能な最も信頼性の高いモデル」として正式に採用した。
PARMAモデルは、JAEAが中心となって開発している粒子・重イオン輸送計算コード「PHITS」を用いて実施した、大気圏内での宇宙線挙動解析結果に基づいて構築された解析モデルである。地球上の任意の地点の高度、緯度・経度、日付などを指定するだけで、宇宙線強度や被ばく線量を瞬時に導出することが可能だ。QSTは今回、同モデルを活用し、居住域をカバーする1km四方のグリッド約3000万地点において、宇宙線被ばく線量を詳細に計算したという。
従来のUNSCEARの手法では、宇宙線の高度による変化を実測データや過去の計算結果に基づく経験的な解析式で求めていた。それに対し今回は、1km四方のグリッドごとに高度を求め、それに応じた宇宙線被ばく線量が計算された。さらに、欧州委員会共同研究センターが整備した「GHS人口グリッド(約1km2解像度)」を組み合わせ、人口重み付けを行った世界各地の居住環境における宇宙線線量が詳細に再評価された。
その結果、精度を飛躍的に高めた「世界の宇宙線被ばく線量地図」が完成。これが報告書の数値的根拠として全面的に採用されたことで、宇宙線による世界平均の年間実効線量は、従来の推定値の0.38mSv/年から、より実態に近い0.30mSv/年(屋内外・遮蔽を考慮した全世界平均)として改定されるに至った。
最新のUNSCEAR 2024年 報告書(Volume.2)によれば、自然放射線源からの世界平均年間実効線量は約3.0mSvと推定されている。最大の要因は、ラドン・トロン及びその壊変生成物の吸入が1.8mSvと最大で、次いで食品経由の天然放射性核種の摂取(0.5mSv)、地殻ガンマ線(0.4mSv)、そして今回改定された宇宙線(0.3mSv)と続く。
報告書では、自然放射線が依然として公衆被ばくの主要な源であることを再確認するものだが、その中でも変動要因の大きい宇宙線による被ばく線量評価において、日本の技術がグローバル・スタンダードとして活用されたことは、放射線科学分野における日本の国際的なプレゼンスを実証する極めて重要な成果としている。