京都大学は、ダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)中心の核スピン・電子スピンとダークマターの相互作用を利用した新たな探索法を提唱。ダークマター(暗黒物質)の候補「アクシオン」に対し、探索が十分に行われていない幅広い領域で、世界最高の制限を与られることを示したと5月16日に発表した。
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(左)ダイヤモンドのNV中心の電子スピン(オレンジ色の矢印)は磁場に非常に敏感な一方、窒素の核スピン(マゼンタ色の矢印)は低い磁気回転比のため、磁場にはそれほど敏感ではない。(右)ただし、ダークマターのアクシオン場の勾配との結合にはそのような制限がないため、核スピンの長いコヒーレンス時間を利用し、アクシオンの高感度検出に期待できるという
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(出所:京大ニュースリリースPDF)
同成果は、京大 化学研究所のErnst David Herbschleb特定助教の水落憲和教授、米・ローレンス・バークレー国立研究所の千草颯研究員(現・マサチューセッツ工科大学研究員)、高エネルギー加速器研究機構 量子場計測システム国際拠点/素粒子原子核研究所の羽澄昌史特任教授、中央大学 理工学部の松崎雄一郎准教授、東北大学 理学部の中山和則准教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する素粒子物理学や場の理論・重力などを扱う学術誌「Physical Review D」に掲載された。
複数のダークマター候補がある中で、アクシオンは、強い相互作用のCP対称性に関する理論や「万物の理論」の候補である超弦理論からその存在が予言される未発見の軽い素粒子だ。
一般的に、ダークマターは通常物質とは重力でしか相互作用しないとされるが、極めてまれに、それ以外の相互作用もすると考えられている。たとえば、電子スピンがアクシオンのようなダークマター候補と相互作用する場合、スピンはあたかも磁場下に置かれている時と同様の振る舞いが理論的に予想されている。こうした背景から、高磁場感度を有するスピンセンサを用いることで、ダークマターの検出が期待されている。
研究チームは以前の研究において、ダイヤモンドNV中心のスピン状態を用いることで、ダークマターを幅広い領域で探索し得ることを示していた。ダイヤモンドNV中心では、室温で1個のNV中心が有するスピンを観測でき、さらに磁場、電場、温度、圧力などの高感度センサとしての応用が期待されている。センサ感度は一度に計測するNV中心の数を増やすことにより、感度を飛躍的に高められる。NV中心センサは非常に高感度な量子センサであり、広いダイナミックレンジを持つことから、ダークマター探索で幅広い領域を探索できるという利点がある。
研究チームが今回注目したのが、ダイヤモンドNV中心を構成する窒素の核スピンだ。核スピンの磁気回転比と磁場感度は電子スピンに比べて3桁ほど小さいため、磁場に対して敏感ではない。そのため、これまでNV中心を用いた量子センサでは、電子スピンをセンサ源として用いられてきた。
しかし、スピンとアクシオンとの相互作用には磁気回転比が関わらないため、磁場感度のような大きな差はなくなる。さらに、核スピンは長いコヒーレンス時間を有することから、それを利用すること、アクシオンを高感度に検出できると着想したという。
今回の研究では、ある量子センサの計測手法を用いた探索法について、アクシオンの各質量における窒素核スピンとの相互作用の大きさが理論的に見積もられた。この計測手法では、核スピンとの相互作用を電子スピンの状態変化を介して計測が行われる。
その結果、既存の検出技術と手法を用いて、10^20(1垓)個程度の十分な量のNV中心を用意し、1年程度の十分な時間をかけて計測すれば、アクシオンに対して周波数で100Hz以下、質量電子の質量の10^18(100京)分の1以下の幅広い領域で高感度に計測でき、世界最高の制限がつけられ得ることが示された。
さらに、検出に用いる核スピンの核種を変えることで、環境磁場などの微弱なノイズと、ダークマター由来の信号を区別することができる点も重要だ。微弱な信号を観測した場合、それが観測しようとしていたアクシオンと核スピンの相互作用に由来するのか、それとも単なるノイズなのかを区別することが極めて重要になる。
窒素の安定同位体には14Nと15Nがあるが、その違いは中性子の数だ。陽子と中性子に対するアクシオンの相互作用は異なることから、14Nと15Nでは相互作用の大きさも異なる。この違いを利用することで、観測した信号がアクシオンと核スピンの相互作用に由来するものなのか、それとも単なるノイズなのかを区別できるとした。
今回の成果により、ダイヤモンド量子センサを用いて、軽いダークマター質量の幅広い領域を高感度に探索できることが示された。ダイヤモンド量子センサについてはさらなる高感度化が必要だが、低温環境下での高感度化、量子センシング手法の開発、高品質ダイヤモンドの合成などにより、それを期待できるという。研究チームは今後、高感度化に取り組みつつ計測システムを構築し、幅広い領域について探索を行うことを計画中としている。