私たち人類は何千年もの間、夜空の星々を仰ぎ見て、その神秘に心を奪われ、星座や神話を生み出してきた。そして、望遠鏡が登場してからは、肉眼では見えない宇宙の奥深くにまで触れることができるようになった。

近年では、スーパーコンピューター(スパコン)という、いわば「理論の望遠鏡」により、物理学や天文学の理論を駆使して、宇宙の始まりやブラックホール、ダーク・マター(暗黒物質)など、さらなる未知への理解が進んでいる。

人類は今もなお、宇宙の神秘を解き明かすべく、終わりなき旅を続けているのである。

そして2024年12月2日、国立天文台の水沢キャンパス(岩手県奥州市)で、新たな天文学専用スパコン「アテルイIII」が運用を開始した。

  • アテルイIII

    国立天文台の新天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイIII」 (C) 鳥嶋真也

アテルイIIIが挑む「シミュレーション天文学」

アテルイIIIは、国立天文台 天文シミュレーションプロジェクト(CfCA)が運用する天文学専用スパコンで、水沢キャンパスに置かれた同じ名前を持つスパコンとしては、「アテルイ」、「アテルイII」に次いで三代目にあたる。

この地にスパコンが設置された理由は、冷却効率を最優先した結果だった。かつては東京に設置していたものの、高い気温が冷却効率を低下させ、電気代の負担も大きかった。そこで、新たな設置場所を模索した結果、東北の涼しい気候を持つ水沢キャンパスが選ばれた。拠点がある東京から離れているものの、高速ネットワーク回線により、遠隔操作やデータのやり取りに支障はないという。

アテルイという名前も、いまから約1200年前、この地にいた蝦夷の首長「阿弖流為(あてるい)」に由来している。当時、ヤマト王権(大和朝廷)はこの地を支配しようと大規模な軍事遠征をしかけたが、阿弖流為は少数精鋭で立ち向かい、13年間にわたって戦い続けた。その阿弖流為のように、賢く立ち回って、果敢に大宇宙の謎に迫っていこうという想いを込めたという。

アテルイIIIが挑むのは、「シミュレーション天文学」という分野である。天文学は、肉眼や望遠鏡などで実際の宇宙を観測する「観測天文学」、物理モデルに基づいて計算して研究する「理論天文学」を、長らく両輪として発展してきた。そして、理論天文学においてコンピューターが使われるようになり、そこから派生する形で、近年ではコンピューターの中に宇宙を再現して実験や研究をするシミュレーション天文学が発展している。

国立天文台では、望遠鏡と並ぶ重要な設備と位置付け、「理論の望遠鏡」、「宇宙を描く望遠鏡」と称している。

シミュレーション天文学の特徴は、望遠鏡では見えない宇宙が見られることにある。物理法則をプログラム言語にして、コンピューターに理解できる形で書くことで、コンピューターの中でさまざまな天体現象を再現できる。これにより、ある理論が正しいかどうかをシミュレーションによって確かめる「検証」や、いろんな前提や条件で何が起こるかをシミュレーションで実験して見つける「発見」ができる。

この特徴は、「解けない問題」に対して大きな威力を発揮する。たとえば、地球が太陽のまわりをどう回っているかを考えたとき、太陽と地球の2つの天体だけが重力で引き合っていると考えれば、答えは数式で簡単に導き出せる。しかし、そこに3つめの天体が関わってきたとき、数式では答えは出せなくなる。いわゆる「三体問題」である。

ただ、これは「答えがない」ということではなく、「既知の数式、関数で書けない」というだけで、「明日、地球はどの位置にあるか? その次の日は? 」といった、時刻を決めてある場所を求めていくような数値解を求めることはできる。

実際には、太陽系における惑星の形成の過程などを考えるときには、計算する天体の数は3体ではなく、億単位の数になる。そんな複雑な計算にとって、スパコンは不可欠となる。

さらに、実験条件を変えられることも大きな特徴である。たとえば惑星が作られる過程をシミュレーションする際には、もととなる材料を変えたり、作られる場所を変えたりといった、前提や条件を自由に変えて実験や研究ができる。

  • アテルイIII

    アテルイIIIのようなスパコンは、天文学において望遠鏡と並ぶ重要な設備と位置付けられ、日夜活躍している (C) 鳥嶋真也