中性子が崩壊すると一部がダークマターに？　KEKなどが大型実験を開始

高エネルギー加速器研究機構(KEK)などの共同研究チームは1月8日、既存の手法とは異なる新しい手法で中性子の寿命を測定する装置を開発し、最初の実験結果を得たと発表した。

KEKならびに、J-PARCセンター、名古屋大学(名大)、東京大学、京都大学(京大)、九州大学(九大)、筑波大学、大阪大学(阪大)の8者による共同研究成果で、KEK 物質構造科学研究所の三島賢二 特別准教授、同・猪野隆 講師、同・市川豪 研究員を中心に、名古屋大学(広田克也氏、北口雅暁氏、森川滉己氏、岡部宏紀氏、清水裕彦氏、横橋麻美氏)、東京大学(家城斉氏、長倉直樹氏、生出秀行氏、茂木駿紀氏、角野浩史氏、山田崇人氏)、京都大学(岩下芳久氏、北原龍之介氏)、九州大学(古賀淳氏、森下彩氏、音野瑛俊氏、角直幸氏、富田龍彦氏、上原英晃氏、矢野浩大氏、吉岡瑞樹氏)、筑波大学(関場大一郎氏)、大阪大学(嶋達志氏)、大阪電気通信大学(關義親氏)らによるもの。詳細は、学術誌「Progress of Theoretical and Experimental Physics」に掲載された。

陽子とともに原子核を構成する中性子は、原子核内部においてその存在は安定しているが、ひとたび核外に出るとおよそ15分の寿命しかなく、陽子と電子と反ニュートリノに崩壊する。この中性子の寿命の長さは、宇宙や素粒子の成り立ちを解明するためにとても重要だが、近年になって大きな問題が発見された。測定の仕方によってその値が異なるのだ。

中性子の寿命は、これまで大別して2種類の方法で測定されてきた。ひとつは、中性子ビームが検出器の中で崩壊した数を数えるという手法で、「ビーム法」と呼ばれる。もうひとつは中性子を一定時間ボトル内に閉じ込め、崩壊せずに残った中性子を測定する手法で、「ボトル法」と呼ばれる。ビーム法で得られた結果はおよそ888秒(14分48秒)で、ボトル法では879秒(14分39秒)。9秒もの大差があり、これは偶然では起こりえない差と考えられている。

• 測定手法の概念図。τnは中性子の寿命を表す。(左)ビーム法。(右)ボトル法 (出所:共同プレスリリースPDF)

この問題は「中性子寿命問題」と呼ばれ、その原因はまだ解明されていない。何らかの実験ミスも疑われているが、それぞれの実験グループの長い年月をかけた検証においても原因は見つからず、依然として9秒の差は埋まらないままとなっている。

もし両方の実験が正しいということになると、崩壊せずに残っている中性子と、中性子が崩壊してできた陽子の数の和が保存されていないことになり、数えた粒子の数が足りないことになってしまう。これは我々が五感で認識できるマクロな世界ではとてもおかしなことに感じるが、実は素粒子のミクロな世界では別の可能性が見えてくる。つまり、中性子が崩壊した結果、現在の検出装置では観測できていない未知の素粒子が誕生しているという可能性だ。そのため、現在ではダークマター(暗黒物質)や「ミラー中性子」に変化するという理論的仮説が議論されるようになってきている。

ダークマターは、この宇宙の20％強を占めると考えられている未発見の物質のことだ。通常物質とは重力のみでしか相互作用せず、あらゆる光・電磁波での観測ができないため、正体不明という意味合いを込めてその名がつけられている。

一方のミラー中性子は、中性子とは鏡像の関係にある仮想されている中性子のことだ。通常世界と鏡像世界をある確率で往来していると考えられており、実はダークマター候補のひとつでもある。

このような中性子寿命問題を解決するための糸口として現在考えられているのが、ビーム法でもボトル法でもない、第3の実験手法による検証だ。今回の大型共同研究チームによって検証されたのが、大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命化学実験施設(MLF)に設置されている中性子ビームを使った、従来のビーム法とは異なる新たな手法である。

既存のビーム法では、中性子が崩壊したときに生じる陽子を検出している。それに対して新たに提案されたビーム法は、電子を検出するという原理的に異なるものが考案された。大強度パルス中性子ビームを特殊な制御装置を用いて40cm程度の長さに成型したあと、長さ1mのガス検出器に導入し、検出器内部で生じる中性子崩壊による電子線を検出するという仕組みだ。

• 検出器の概念図 (出所:共同プレスリリースPDF)

一般に中性子崩壊による電子線を検出することは、陽子を検出する場合よりもバックグラウンドのノイズが多く、より難易度の高い実験だという。しかし、一連の中性子がすべて検出器内部に存在する間だけ信号を取得するという方法を用いてその問題を乗り越え、今回最初の実験結果が発表されるに至ったのである。

• 中性子寿命の測定値。ボトル法とビーム法の過去の測定値と、今回得られた測定値。まだ精度が低いということだが、ボトル法ともビーム法とも離れた値となっており、計測手法ごとに大きな乖離が出るということもあり得るだろう (出所:共同プレスリリースPDF)

中性子寿命問題が実験のミスではなく、2種類の実験手法による中性子寿命の乖離が実在のもので合った場合、ダークマターの正体を明らかにしたり、まるでサイエンスフィクションのような鏡面世界という未知の現象の発見につながったりする可能性があり、今回の第3の検証方法には世界的な注目が集まっているという。ちなみに今回の結果はまだ精度が低いため、中性子寿命問題の原因究明には至っていない。今後、より多くの実験の行って精度を上げていくことで、中性子問題の原因究明につなげられると期待されている。