国立成育医療研究センター(NCCHD)は5月18日、既存の治療法による体外受精を行っても妊娠に至らない、母体免疫が関与する重症不妊症患者を対象に、免疫抑制剤「タクロリムス」を用いた治療の臨床研究を実施し、その安全性と有効性を検証した結果、厚生労働省の第180回先進医療技術審査部会で「安全性が高く有効な治療」と判断されたと発表した。

同成果は、NCCHD 女性総合診療センター 女性内科の山口晃史診療部長(NCCHD 周産期病態研究部 母体管理室 室長/NCCHD 妊娠と薬情報センター センター長兼任)、NCCHD 研究開発監理部 開発企画の中村秀文主幹(同・研究開発監理部 知財産学連携室/NCCHD 臨床研究センター 多施設連携部門 国際連携ユニット ユニット長兼任)、NCCHD 周産期・母性診療センターの齊藤隆和シニアフェロー、NCCHD 女性総合診療センター 女性内科/プレコンセプションケアセンターの久野道医長、杉山産婦人科 新宿院の中川浩次院長、東京医科大学 産婦人科学教室の小野政徳教授(慶應義塾大学 医学部兼任)、山梨大学大学院 総合研究部 医学域 臨床医学系(産婦人科学)の吉野修教授、東京大学大学院 医学系研究科 産婦人科学講座の廣田泰教授(東大 医学部附属病院 女性診療科・産科 科長/同・病院 産婦人科 総合周産期母子医療センター長兼任)、昭和医科大学 統括研究推進センターの井上永介教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、生殖免疫生物学を扱う学術誌「Journal of Reproductive Immunology」に掲載された。

安全かつ有効な不妊治療の方法確立に向けて

世界保健機関(WHO)の報告によれば、現在、世界の成人人口の約17.5%、つまり約6人に1人が生涯のいずれかの時点で不妊を経験するという。高所得国で約17.8%、低・中所得国で約16.5%と、不妊症が世界的に大きな健康課題となっている実態が浮き彫りになっている。

不妊症に対しては、排卵誘発剤や体外受精など、多種多様な医療技術があるものの、その成功率は100%ではないため、長期間の治療の末に断念し、心身共に深い苦痛を抱えるカップルも少なくない。このような深刻な課題の解決へ向け、研究チームは2010年ごろより、全体の10~15%を占める、原因不明の不妊症に関する研究を開始したという。

本来、母親にとって受精卵(胚)は自身の遺伝子を半分しか持たず、残る半分は父親由来であるため、母体の免疫系にとっては異物となるはずだ。しかし、正常な妊娠においては、この免疫拒絶を回避する極めて精緻な仕組みが備わっており、受精卵は排除されることなく子宮内での生育が可能である。その一方で今回の研究により、これまで原因不明とされてきたケースにおいて、母親の免疫系が不適切に関与していることが突き止められた。

つまり、受精卵や胎児を異物として排除しない本来の免疫寛容メカニズムが、母体側の「細胞性免疫」の過剰な働きという個人差によって破綻し、受容が成立しない病態の存在が明らかになったのだ。そのため、既存の治療法で良好な体外受精胚を子宮に移植しても着床せず、妊娠に至らないケースが生じていたという。そこで、この免疫が関与する重症不妊症患者を対象に、免疫抑制剤である「タクロリムス」の経口投与による治療の有効性と安全性を検証する臨床研究が実施されるに至った。

具体的には、2022年8月~2025年9月までの間、体外受精の既存治療において良好胚の移植を3回(合計4個以上)実施しても生化学的妊娠が成立せず、さらに細胞性免疫の亢進が認められた18~40歳の重症不妊症患者が対象とされた。タクロリムスの投与設計としては、低用量の1日2mgと高用量の4mgに2:1の比率で無作為に割り付け、胚移植の2日前から16日間経口投与が実施された。

主要な評価項目に設定された胚移植3週間後の臨床的妊娠(胎嚢確認)の有無を検証したところ、妊娠率は低用量群で66.7%、高用量群で55.6%を記録。これにより、タクロリムスによる免疫抑制療法は、母体免疫が関与する重症不妊症に対して有効であることが実証された。

  • 全解析対象集団に対する有効性の検証結果

    全解析対象集団に対する有効性の検証結果。(出所:NCCHD Webサイト)

今回の研究により、母体免疫が関与する不妊症に対する新たな治療アプローチが確立された。これにより、細胞性免疫の亢進が原因で妊娠に至らなかった場合において、妊娠できる可能性がほぼ0%から約60%へと劇的に向上した形だ。深刻な少子化が問題視されている中、生殖補助医療の依存度が高まっている現状において、難治性不妊を克服する革新的な選択肢として、極めて重要な位置づけになるとしている。