東京大学(東大)は2月5日、おうし座に存在する若い星「HH 30星」を取り囲む原始惑星系円盤を観測対象として、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)による赤外線波長帯での高解像度観測を行うと同時に、アルマ望遠鏡で行われたミリ波帯の高解像度観測データを組み合わせることで、マイクロメートルサイズからミリメートルサイズまでの微粒子をトレースし、微粒子のサイズごとの空間分布を明らかにしたと発表した。
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JWSTによる近・中間赤外線観測データに基づくHH 30星の周囲の原始惑星系円盤の擬似カラー画像。微粒子由来の光だけでなく、中心星近傍から噴出する高速ガス流からの放射(画像中で上下方向に伸びた直線状の構造)も鮮明にとらえられている。(c) ESA/Webb, NASA & CSA, Tazaki et al.(出所:東大Webサイト)
同成果は、東大大学院 総合文化研究科の田崎亮助教を中心とする国際共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。
惑星は、原始惑星系円盤の中で形成される。これはかつて理論的な予想だったが、近年は実際にそうした形成中の惑星が円盤内で観測されている。しかしながら、惑星の形成過程には依然として未解決の問題が残されている。惑星形成は最初の段階として、原始惑星系円盤の中でマイクロメートルサイズの固体微粒子が互いに衝突や付着を繰り返すことで成長するところから始まる。しかし、微粒子が成長してミリメートルサイズを超えてくると、静電気力や分子間力(ファンデルワールス力など)が働きにくくなる一方で、引力は極めて弱いために物質同士を引き留めることができず、衝突しても合体・付着せずにお互いを破壊してしまうことの方が多くなっていく。
引力が物質を引きつけるためには、少なくとも数百メートルは必要だ。たとえば、最も長い部分が500m強の小惑星「イトカワ」は、ガレキが集まったラブルパイル天体であり、少なくともこのぐらいはないと物体が集まれるほど引力が働かない。つまり、静電気力や分子間力が働かなくなるミリメートルサイズから引力が働き出す数百メートルまでの間は、どのようにして成長するのか、仮説は複数あるものの、まだよくわかっていない。
原始惑星系円盤内での成長過程において、微粒子は同じ場所にとどまることなく、円盤内を大規模に移動する。理論的には、より大きな微粒子ほど円盤の中心面(赤道面)に沈澱し、また中心星に向かって落下しやすいと考えられている。この微粒子の運動を理解することは、上述したミリメートルサイズから引力で岩石同士が集積し始めるサイズまでの間の成長の謎を解き明かし、微惑星がいつ、どこで、どのように形成されるのかを解明する鍵となる。
そこで研究チームは今回、原始惑星系円盤における微粒子の運動を観測的に明らかにするため、地球から見てほぼ真横を向いている「エッジオン原始惑星系円盤」を持つ天体HH 30星に注目。なお、エッジオン円盤を持つHH 30星が観測対象として選ばれたのは、円盤の厚み方向や半径方向の大きさを測定するのに適しているためであるという。
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可視光(HST・左上)、近赤外線(JWST・中央上)、中間赤外線(JWST・左下)、ミリ波(アルマ望遠鏡・中央下)で観測されたHH 30星周囲の原始惑星系円盤の擬似カラー画像。近赤外線で輝く円盤構造は、中心星から約300天文単位程度(太陽~海王星間の約10倍)まで広がっている。なお、中間赤外線の観測画像に見られる対角線状の筋は、検出器由来の信号(天体に付随する構造ではない)。(右)画像1と同じJWSTによる画像。(c) ESA/Webb, NASA & CSA, ESA/Hubble, ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)(出所:東大Webサイト)
より大きな微粒子の空間分布を調べるためには、より長い波長の光による観測が重要となる。そして長い波長において高解像度観測を実現するには、口径の大きな望遠鏡が必要だ。これまでHH 30星では、マイクロメートルサイズ以下の微粒子の空間分布に関しては、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)の可視光・近赤外線観測によって詳しく調べられていた。しかし、それより大きな微粒子の空間分布については、十分な空間解像度を持った長い波長での観測が行われておらず、詳細がわかっていなかったとのこと。そこで今回は、JWSTの近・中間赤外線、そしてアルマ望遠鏡のミリ波による高解像度観測を実施することで、この課題の克服を目指したとする。
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さまざまなサイズを持つ微粒子の、円盤内における空間分布と多波長観測画像との対応。上から順にHST・JWST・アルマ望遠鏡による観測結果の解釈が表されている。HSTとJWSTでは、中心星や円盤内縁由来の放射を円盤表層の微粒子が散乱した光が観測されている一方で、アルマ望遠鏡ではmmサイズの固体粒子由来の熱的放射が観測されている。前者の場合、円盤中心面を通過する光は高い物質密度のため透過することができず、暗い帯状領域(ダークレーン)が観測画像に現れる。(c) Tazaki et al.(出所:東大Webサイト)
そして、今回得られた観測結果と数値シミュレーションの結果を比較したところ、数マイクロメートルサイズ以上に成長した微粒子がまだ沈澱を起こしていないこと、そしてミリメートルサイズの微粒子は沈澱を起こし、また半径方向の空間分布が収縮していることが突き止められた。さらに、JWSTによる観測データからは、高速ガス流やそれに付随する構造、円盤上面のスパイラル状構造など、多様な構造も鮮明に捉えられたとした。
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数値シミュレーションによって再現されたJWSTの観測予測の結果。マイクロメートルサイズの微粒子が効率よく沈澱する場合(左)としない場合(中央)、そしてJWSTによる観測結果(右)。また、上段・下段はそれぞれ近赤外線・中間赤外線での結果に対応。微粒子が効率的に沈澱する場合、中間赤外線における円盤の幾何学厚みが薄くなるため観測を説明できないが、微粒子の沈殿が非効率である場合には観測結果をよく再現できることが解明された。(c) Tazaki et al.(出所:東大Webサイト)
研究チームはHH 30星だけでなく、他の3つのエッジオン原始惑星系円盤においても、JWSTを用いた同様の観測を実施済みであり、その結果、数マイクロメートルサイズの微粒子が沈澱している天体と、そうでない天体が存在することが徐々にわかってきている。今後、こうした天体ごとの違いの起源や、固体微粒子の性質や沈殿過程の理論モデルを詳細に研究することで、微惑星がいつ、どこで、どのように形成されたのかという問いへの解明が進むことが期待されるとしている。