北海道大学(北大)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、慶應義塾大学(慶大)、東北大学、九州大学(九大)の5者は1月30日、米国航空宇宙局(NASA)主導の小惑星サンプルリターン計画「OSIRIS-REx」により持ち帰られた炭素質B型小惑星(101955)「ベンヌ(Bennu)」の粒子から、DNAおよびRANの5種類の核酸塩基、アミノ酸、カルボン酸、アミンなど、さまざまな有機化合物の検出に成功したと共同で発表した。
同成果は、北大 低温科学研究所の大場康弘准教授、JAMSTECの高野淑識上席研究員(慶大 先端生命科学研究所 特任准教授/慶大大学院 政策・メディア研究科 特任准教授兼任)、同・古賀俊貴ポストドクトラル研究員、東北大大学院 理学研究科の古川善博准教授、九大大学院 理学研究院の奈良岡浩教授らが参加する、60名以上の研究者で組織される国際共同研究チーム「OSIRIS-REx sample analysis team」の有機化合物分析チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の天文学術誌「Nature Astronomy」に掲載された。
探査機OSIRIS-RExは2023年9月24日、ベンヌから121.6gの粒子を持ち帰ることに成功した。有機化合物分析チームが初期分析用に配分された試料に対し、そこに含まれる有機化合物の網羅的分析を行ったという。同分析チームに属する日本の研究者チームは今回、地球生命の遺伝子情報の媒体であるDNAやRNAを構成する核酸塩基など、「窒素複素環化合物」(窒素原子が環状化合物の基本骨格の一部を構成する有機化合物群のこと)の分析を担当した。
分析チームはまず、サンプル「OREX-803001-0」(25.6mg)をガラスアンプル管内で水(1ミリリットル)と共に加熱し、水溶性成分が抽出。そして、抽出液に含まれるアミノ酸などの溶存成分を液体クロマトグラフ-超高分解能質量分析計を用いて分析した。また、核酸塩基は九大のクリーンルーム内にて、サンプル「OREX-800044-101」(17.75mg)をガラスアンプル管内で20%塩酸と共に加熱して抽出し、抽出液から無機塩を除去した後、同様に分析が実施された。その結果、熱水抽出液からは、生命のタンパク質に用いられている14種を含む33種類のアミノ酸が検出されたという。
またそれらのアミノ酸のうち、右手・左手の関係のような鏡像異性体を持つ分子の多くは、右手・左手構造がほぼ等量存在すること、つまり「ラセミ体」であることが明らかにされた。特に、タンパク性アミノ酸である「アラニン」や「アスパラギン酸」がラセミ体であることは、サンプルに地球上での生物由来の汚染が含まれていないことを示すだけでなく、地球上の生命に見られるアミノ酸の左手構造過剰とは一致しなかったとした。これらの結果は、小惑星が地球に多様なアミノ酸を供給したことを示唆し、地球外生命のホモキラリティの起源の謎をさらに深めることになったとする。
それに加え、塩酸抽出液からはDNAやRNAに含まれる5種の核酸塩基すべて(アデニン、チミン(DNAのみ)、ウラシル(RNAのみ)、グアニン、シトシン)が検出されたという。これまで、炭素質隕石から検出された例はあったが、ウラシルを除き、小惑星リターンサンプルから検出されたのは今回が初めてである。
さらに、アミノ酸など有機化合物合成時の窒素供給源として非常に重要なアンモニアは、これまでに分析された地球外物質と比べても極端に濃度が高いことが突き止められた。こうした窒素が豊富なベンヌ試料の組成は、硫黄が豊富な小惑星リュウグウの試料とは対照的である。なおアンモニアは揮発性が高く、低温環境でなければ安定に存在できないため、高濃度のアンモニアの存在は、ベンヌ母天体での有機化合物合成は低温でのアンモニア水中反応が支配的だったことを示すとする。
地球上での生命の起源を調べるには、生命誕生前の地球上にどのような「生命の材料」がどれくらい存在していたのかを理解することが重要である。その理解には、重要な材料供給源の1つと考えられる、ベンヌのような地球外物質の分析が不可欠だ。今後、ベンヌ試料に含まれる有機化合物の詳細な分析が進むことで、「生命材料の目録」がより解明されることが期待されるという。また、リュウグウに含まれる有機分子群との詳細な比較検証や水質変成による水-鉱物-有機物の相互作用の歴史を含め、アミノ酸や核酸塩基以外の生命の材料候補の発見も強く期待されるとした。
また現在、日本が主導する火星の衛星フォボスからのサンプルリターン計画「MMX」など、大規模な地球外サンプルリターン計画が進行しており、今回の研究で培われた技術や知見が、これらの計画の成功に貢献することが期待されるとしている。