東京工業大学(東工大)は10月22日、熱から電気を取り出す熱電変換材料の性能を高める妨げとなっている、「ゼーベック係数」と「電気伝導率」のトレードオフの関係を解消させる技術を開発し、「熱電変換出力因子」を2桁増大させることに成功したと発表した。

同成果は、東工大 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の片瀬貴義准教授、同・神谷利夫教授、同・元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授らの研究チームによるもの。詳細は、材料科学、物理、化学、医学、生命科学、工学などをカバーする学術誌「Advanced Science」に掲載された。

熱電変換技術は、未利用のままの廃熱を電気として回収することを可能とする技術であり、持続可能な社会の実現に向けて期待されている技術であるが、その変換性能が高い材料の多くは毒性元素を含んだり、熱的・化学的な安定性に問題があるなど、実用化には課題があったという。

一方、高温・空気中において安定である酸化物はメンテナンスフリーの熱電変換素子への応用が期待されているが、性能の高い金属カルコゲン化物と比べて、熱電変換性能が低いという課題があった。

熱電変換では、熱電材料の「ゼーベック係数」を大きく、かつ、電気伝導率を高くすることができれば、電気出力は大きくなる。熱電変換材料のゼーベック係数と電気伝導率はキャリア濃度に依存するため、これまで、不純物を添加してキャリア濃度を調整し、出力因子を最大化させる方法が一般的に用いられてきたという。しかし、熱電材料に関する従来の理論モデルでは、キャリア濃度を増やして電気伝導率を高くするとゼーベック係数が小さくなるトレードオフの関係が存在していたことから、大きなゼーベック係数と高い電気伝導率を両立させることはできないと考えられてきた。

そこで研究チームは今回、「不純物を添加することによって電気特性を変える」という従来の方法を採用しない方法を考案。ランタン・チタンの酸化物である「LaTiO3」を対象に、「人工的に圧力を加えることで電気特性を変える」という新たなアプローチを通して、このトレードオフの相関を破ることを目指したという。

  • 酸化物熱電変換材料

    (左)熱を電気に変換する熱電変換素子の構造。(右)ゼーベック係数(S)と電気伝導率(σ)におけるトレードオフの関係。キャリア濃度を増やして電気伝導率を増加させても、ゼーベック係数が減少するため、出力因子に上限が現れてしまう (出所:東工大Webサイト)

LaTiO3は、「モット絶縁体」と呼ばれる電気絶縁体だが、近年の研究から、圧力を加えた場合、電子の局在性が弱まって電子が移動しやすくなり、絶縁体から金属へ変化することが予測されていた。モット絶縁体はゼーベック係数が大きくて電気伝導率も高いという特徴を備えている一方、通常の金属は、ゼーベック係数が小さくて電気伝導率も低いという性質があるため、LaTiO3に圧力を加え、絶縁体から金属へ変化する境界の状態に置くことができれば、大きなゼーベック係数と高い電気伝導率を両立させることができる可能性が考えられたためだという。

具体的には、エピタキシャル成長によって薄膜を形成。垂直方向の格子定数c、面内方向の格子定数aの比(c/a比)を0.992の引張歪みから1.023の圧縮歪みまで制御することができることが確認されたほか、4nmの薄さとすることで、c/a比は最大で1.034という大きな圧縮歪みを与えることに成功。歪みの度合いが、出力因子にどのような影響を与えるのかを確認したところ、電気伝導率に関しては、c/a比の増加に伴って大きく増加し、歪みを与えてないLaTiO3バルク結晶に比べて最大で3桁程度増加することが確認された。ただしゼーベック係数に関しては、圧縮歪が小さいc/a<1.028の領域では減少してしまうという、従来のトレードオフの関係に従っていることが判明し、出力因子も2.4μW/mK2を超えなかったという。

  • 酸化物熱電変換材料

    薄膜と基板の格子定数の違いを利用し、LaTiO3に格子歪みを加えるという方法が採用された。格子定数の小さい基板を使うことで、薄膜に対して、面内方向に収縮させ、面直方向に伸長する圧縮歪みを加えることが可能となる (出所:東工大Webサイト)

一方、c/a比が1.028を超える領域では、ゼーベック係数が正から負に反転しており、電荷の移動を担うキャリアが正孔(p型半導体)から電子(n型金属)に変化していることが確認されたほか、c/a比がさらに増加すると、電気伝導率とゼーベック係数の両方が同時に大きく増加することも判明。この結果、大きな圧縮歪みを加えたn型LaTiO3では、トレードオフの相関を破ることができ、ゼーベック係数と電気伝導率の両方が増加することで、バルク結晶に比べて出力因子を2桁増加させることに成功したという。

  • 酸化物熱電変換材料

    室温における、LaTiO3薄膜の歪みc/aに対する、(a)ゼーベック係数(マゼンダ線)と電気伝導率(青線)、および(b)熱電出力因子の変化。青色の領域はp型伝導が、赤色の領域はn型伝導が示されている。(c)ゼーベック係数とキャリア濃度の関係 (出所:東工大Webサイト)

今回の成果は、圧縮歪みを加えたLaTiO3では、キャリア濃度が下がることによってゼーベック係数が大きくなると同時に、キャリア濃度の減少以上に移動度が大きく増大することで電気伝導率も増大し、トレードオフの関係を破ることが可能なことを示すものとなる。そのため研究チームでは、化学的に安定でありながら、これまで実用化されていなかった酸化物においても、高性能な熱電材料として利用できる道が見出されたとしており、今後は、酸化物の熱電性能を向上させていくことで、熱電変換が汎用的なエネルギー源として普及していくことが期待されるとしている。

  • 酸化物熱電変換材料

    LaTiO3薄膜の電気伝導率とキャリア移動度μの関係(p型LaTiO3とn型LaTiO3の電子構造が比較されている)。青色の領域はp型伝導が、赤色の領域はn型伝導が示されている (出所:東工大Webサイト)