情報格差とバックホール回線の輻輳の解決

もっとも、ワンウェブやスターリンクは、私たち--この記事をスマートフォンやPCから難なく読めるような人たちにとっては、直接的には恩恵は感じにくいものとなろう。すでにブロードバンド回線が行き届き、日常的に使えている人にとって必要性は低い。

また、ワンウェブもスターリンクも、スマートフォンのような端末から直接衛星につなげられるわけではなく、ピザの箱程度の大きさとはいえ、別途、無線基地局(ゲートウェイ)が必要である。たとえば自宅の屋根に設置したり、あるいは携帯電話の無線基地局と同じく鉄塔や電柱、ビルなどに設置したうえで利用するという形式になる。それもあって、すでにブロードバンドを日常的に使っている人にとって、基本的にはわざわざ別途契約して使うようなものではない。

ワンウェブやスターリンクの事業目的、また理念でもあることのひとつは、全世界でブロードバンドが使えるという利点を活かし、まだブロードバンドはおろか、インターネットにもつなげられない地域の人々に利用してもらうことにある。

現在、世界の人口約77億人のうち、半分近くの人々がまだインターネットを利用できない状況にあるとされる。また、先進国と呼ばれる米国や日本でさえ、人口の約10%がネットを使えない状況にあり、ブロードバンドが通っていない場所はさらに多い。

こうした、インターネットが広く普及している国とそうでない国の人々の間、また同じ国の中でも普及している地域とそうでない地域との間で生じる格差を「情報格差(デジタル・ディバイド)」と呼び、世界的に大きな問題となっている。国連による、あらゆる問題から地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを目指した「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」においても、デジタル・ディバイドの解消は重要な課題と定められている。

そして、その解消に、全世界にインターネットがつなげられる宇宙インターネットが役立つと期待されている。また、実現すればネット人口がほぼ倍増するということでもあり、大きなマーケットとして期待できるうえに、ワンウェブやスペースXにとっては、その回線の手綱を握れるという計り知れない価値がある。

  • スターリンク

    2020年7月時点における、全世界のインターネット普及率を示した図 (Jeff Ogden (W163)) (CC BY-SA 3.0)

そして、宇宙インターネットのもうひとつの目的が、既存のブロードバンド回線の補強、補完である。たとえばスマートフォンなどの移動通信端末の通信は、まず街頭などに立つ無線基地局とつなぎ、そして最寄りの拠点施設へつないで、そこからコアネットワークと呼ばれる拠点間、事業者間、国家間などを結ぶ回線網へつなぐことで、全世界とのやり取りを可能にしている。この無線基地局と拠点施設との間の固定回線網を「バックホール回線」と呼ぶ。

通常、バックホール回線には光ファイバーなどの有線回線や固定無線回線が利用されているが、ここに宇宙インターネットを使うことで、敷設が難しい山間部や島嶼地域での高速通信が可能になるほか、それ以外の地域でも災害時の通信に強くできるという利点がある。また、インドのように人口もインターネット利用者も爆発的に増えている地域においては、地上回線へのアクセス集中を緩和することにもつながる。

今回、ワンウェブとヒューズとの間では、米国の企業向けサービスの販売契約を締結するとともに、インドにおいて地方や遠隔地の大企業、中小企業、政府、通信事業者、ISPを対象にサービスを配信する契約の覚書も締結。とくにインドにおいては、「膨大なバックホールとブロードバンドの需要を満たすのに役立つ」と説明されている。また今年5月にはソフトバンクとの間でも、ソフトバンクの通信サービスなどとの連携に向けた協業に合意している。

また、KDDIがスペースXとの間での契約でも、「スターリンクをバックホール回線としたau基地局を導入し、エリアを補完することで、これまでサービス提供が困難とされていた山間部や島しょ地域、災害対策においてもauの高速通信を届ける」ことが目的と説明されている。

宇宙インターネット、日常化への期待と課題

1990年代には頓挫した宇宙インターネットだが、衛星の打ち上げという意味でも、そして事業という意味でも、軌道に乗り始めたことで、いよいよ現実のものとなりつつある。

いまだブロードバンド・インターネットがつながっていない地域の人々はもちろん、私たちも災害時や、海や山へレジャーで訪れたときなどには、その唯一無二の能力を十分に感じることができるようになるだろう。さりげなく、ときには意識できる形で、趣味から生活、ビジネス、災害時まで、宇宙インターネットは私たちの生活に溶け込んでいくことになろう。

宇宙インターネットはワンウェブとスターリンク以外にも、ネット通販大手のAmazon.comも「プロジェクト・カイパー(Project Kuiper)」と呼ばれる独自の計画を進めており、今後約10年をかけて3236機の衛星の打ち上げを計画している。また、カナダの衛星通信大手「テレサット」も独自に構築を計画しているほか、中国などでも構築の動きがある。

ただ、宇宙インターネットがビジネスとして成立するかはまだ不透明である。現時点でブロードバンド・インターネットがつながっていない開発途上国などは、あまり裕福ではないところが多く、日本などと同じように、一人ひとりが何万円もするスマートフォンを持ち、決して安くない使用料を払い続け、そのうえ動画やゲームなどのコンテンツにも課金をするというビジネスモデルは考えにくい。一人でも多くの人に利用してもらうためにも、できる限り安価な、つまり利益率の低い、もしくは赤字覚悟のサービスを提供することが求められよう。

一方、今回発表があったような、日本や米国などを対象に、既存の回線の補完、補強という形での利用は、安定した収入が期待できるうえに、前述した開発途上国でのサービスにおける低い利益率や赤字を補填することも期待できる。

だが、既存の回線と同等かそれ以上の安定性、堅牢性をもって維持・運用することが求められる点には注意が必要である。そこには衛星を造ってロケットを打ち上げるのとはまた別の難しさがある。ワンウェブやスペースXなどが、衛星やロケットを造って動かす宇宙企業としてだけでなく、電気通信事業者としても技術や信頼性を確立できるのかも、ビジネスの成立性と同じくこれからの課題であろう。

もっとも、ワンウェブ、スペースXをはじめ、複数社が参入しようとしていることは、各々の競争によって価格が下がり、信頼性は上がることが期待でき、ビジネスとしての成立性、通信インフラとしての安定性のどちらにおいても明るい希望がもてる。

宇宙インターネットにはこのほかにも、大量の衛星を打ち上げることで、他の衛星と、あるいは宇宙インターネット衛星同士が衝突したり、宇宙ごみ(デブリ)が増えたりする危険性も生みつつある。この点について、たとえばスターリンクは自動で軌道を変えて衝突を回避する機能があったり、運用終了時には大気圏に落として処分することになっていたりと、配慮がなされている。

大きな問題として残っているのは、衛星が太陽光を反射することで輝いて見えたり、空のあちこちから通信電波が降り注いだりすることによる、天文学への悪影響である。スペースXでは、衛星の反射率を落としたり、電波天文台の周辺の上空では通信しないようにしたりと対策を取りつつあるが、根本的な解決には至っていない。

  • スターリンク

    2019年5月25日、米国アリゾナ州にあるローウェル天文台が銀河の観測中に撮影された、スターリンク衛星の光による多数の斜線が入った画像。現在では反射が抑えられた改良型の衛星が打ち上げられているため、これほど明るく映り込むことはないが、それでも問題が完全に解決したわけではない (C) Victoria Girgis/Lowell Observatory

宇宙インターネットに、私たちの生活をさらに豊かにし、そしてデジタル・ディバイドを解消し、人類全体の幸福につながる可能性が秘められていることは間違いない。

一方で天文学は、たしかにすぐに役立つものではないかもしれないが、人類の知的好奇心を刺激し、そして「私たちが何者なのか」、「人類、生命、そして宇宙がどうやって生まれて、これからどうなるのか」という根源的な問いに答える学問である。

宇宙インターネットと天文学のどちらが大切か、という話ではなく、どちらも両立させることが大切である。それが実現できれば、人類はまさに「誰一人取り残さない」未来に向け、大きなステップを踏み出すことができるだろう。

参考文献

Hughes and OneWeb announce Agreements for Low Earth Orbit Satellite Service in U.S. and India | OneWeb
Hughes Announces Partnership in OneWeb’s Innovative Global Satellite Broadband Initiative to Close the Digital Divide | Hughes
SpaceXの衛星ブロードバンド「Starlink」と業務提携、au通信網に採用する契約に合意 | 2021年 | KDDI株式会社
ソフトバンクとOneWeb、日本およびグローバルでの衛星通信サービスなどの展開に向けた協業に合意 | プレスリリース | ニュース | 企業・IR | ソフトバンク
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