東北大学と科学技術振興機構(JST)は9月2日、スピン熱伝導物質「マグノン」を用いた熱流の新しい制御法を提案し、その実証に成功したと発表した。

同成果は、同大学大学院工学研究科応用物理学専攻藤原研究室の寺門信明助教(兼JSTさきがけ研究者)らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載された。

さまざまな形態のエネルギーが利用されているが、それらの大部分は最終的に熱という形となる。光や電気と比較すると、とてもゆっくりと拡散していくのが熱の特徴だ。そして熱が高くなるということは、原子や分子の運動が激しくなるということであり、生物の身体を含め、どんなメカや機器にとっても熱の蓄積は劣化や故障、パフォーマンスの低下の原因となる。そのため、高熱を発する自動車のエンジンは、現代では水冷式の冷却機構を備えているし、大多数のパソコンもファンを回して排熱しているのである。

中でも、小型・集積化が進んでいる現在の電子機器にとっては、熱は大敵だ。そのため、熱回路設計や高熱伝導材料などが採用され、デバイスの安定化が図られている。しかし、今後さらに小型・集積化が進んでいくことで、ますます熱マネジメントが困難になると予想されている。

このように厄介者である熱だが、視点を変えれば貴重なエネルギー資源と見ることも可能だ。電子機器から排出される数百℃未満の低温廃熱エネルギーは、全廃熱エネルギーの大部分を占めるという。課題は、低温であることや拡散しやすく、扱いづらいために大半が再利用されていないのが現状だ。

そうした中、寺門助教らが研究を進めているのが、熱をもっと自由に操作するための「熱制御回路」の開発だ。今回は、「スピン熱伝導物質」には、“熱伝導率の制御性”と“異方的な高熱伝導性”というふたつの特徴があるが、今回は前者に着目して研究が進められた。なお、(電子)スピンとは電子が持つ自転に相当する角運動量のこと。そしてスピン熱伝導物質とは、そのスピン由来の熱伝導を示す物質のことで、室温においても金属に匹敵する高い熱伝導率と異方性を示すことが特徴だ。

熱伝導率の制御性は、スピン熱伝導物質の熱キャリアである特殊粒子マグノンの移動が、障害物(ホール)によって邪魔されることに由来するという。マグノンとはスピンを小さな棒磁石として考え、それを半回転させた状態のことをいう。粒子として扱われており、電子スピンの配列上を動くという特徴がある。今回の研究は、そのマグノンを邪魔するホールを意図的に用意して、熱伝導を動的に制御するというものだ。

「La5Ca9Cu24O41(LCCO)」の単結晶は、室温においても金属に匹敵するスピン熱伝導を示す物質だ。今回の研究では、100ナノメートル程度のその微結晶の集合体である多結晶薄膜(厚さは最大で500nm)と、強電場の印加が期待できるイオン液体を用いた画像1上段aのような試料が作成された。

LCCOのようなスピン熱伝導物質を、ラマン分光法(レーザー光を照射して散乱光のスペクトルから物質の状態を調査する分光法)を用いて分析すると、「two-magnonピーク」というマグノン由来の特徴的な幅広いピークが示される。そして今回の実験では、このピークが電圧印加によって減少し、電気的なショートによって回復することに成功した。これは、マグノンの通り道にホールが電気的に導入・排除できたことを意味するという。

そこで、新たに画像1下段aに示されている試料と、サーモリフレクタンス法(レーザー光を用いて、金属の光反射率が温度上昇に伴って変化するという性質を利用して、金属膜を付けた物質の熱伝導を決定する手法)による熱伝導評価法により、LCCO薄膜の熱コンダクタンス(熱の流れやすさを表す物理量)が測定された。

その結果、LCCO薄膜の熱コンダクタンスは電圧印加による減少とショートによる回復を示し、熱伝導が動的に電気的に制御されていることが確認されたのである(画像下段bおよびc)。この実験では、熱伝導やマグノンの変化率が、予期していたものより遥かに大きな値を示したという。その理由は、多結晶薄膜を用いたことにより、薄膜内部へのイオン液体の浸透が起こり、制御面積が大幅に向上したことにあると、寺門助教らは考察している。

なお、材料の熱伝導を電気的に制御する研究はこれまでにもあったが、スピン熱伝導物質に着目したのは今回の研究が初だという。スピン熱伝導物質の中には、室温やそれ以上でも高い熱伝導と異方性を示すものも多く報告されている。しかし、今回の実験は多結晶薄膜を用いた原理実証であったため、ランダムな方向を向いた微結晶の熱伝導が平均化されてしまい、それらのメリットを活かすことができなかったとしている。そのため、寺門助教らは今後、微結晶の向きをそろえることによって今回の問題を解決すると同時に、マグノン制御の詳しい機構を調査する予定とした。

熱伝導とその異方性の電気的な高速制御が可能になれば、熱分布に応じて変化するアクティブな廃熱や蓄熱、超精密温度制御が可能な調温デバイスなど、次世代の熱マネジメント技術への応用が期待されるとしている。

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    (上段a)ラマン分光用試料の断面図。電圧印加下のマグノンの変化をレーザー光で調査するため、透明導電膜であるITOが上部電極として用いられている。(上段b)印加電圧の時間依存性。(上段c)電圧印加およびショートによるラマンスペクトルの変化。A-Eの記号は、(上段b)のそれぞれに対応。~2000cm-1を中心とする幅広い変化がwo-magnonピークによるもの。(下段a)熱伝導評価用資料の断面図。上部電極である金(Au)は、サーモリフレクタンス用の加熱兼温度検出膜として機能。(下段b)印加電圧の時間依存性。(下段c)LCCO薄膜の熱コンダクタンスの印加電圧依存性。A-Eの記号は(下段b)のそれぞれに対応している (出所:東北大学プレスリリースPDF)