名古屋大学 未来材料・システム研究所の加地徹 特任教授らの研究グループは、GaNパワーデバイスの最大障壁であったイオン注入により面内伝導型制御ができない課題に対して、イオン注入後、超高圧化状態で熱処理することにより、安定したp型結晶を作製することに成功したと発表した。

イオン注入によるウェハ面内での伝導型制御は、単元素半導体であるSiでは広く用いられており、LSIの製造では欠かせない技術である。しかしGaNでは、これまでイオン注入後の熱処理による結晶構造破壊の回復が十分にできず、高品質な結晶層の形成を実現できなかった。このため、高耐圧構造の作製や集積回路デバイス作製の際の大きな足かせとなっていた。

GaN結晶のパワー半導体の実用化に必要な加工をするには、GaN結晶を部分的に「p型」と呼ばれる電子の少ない状態にする必要があった。今回、結晶の表面からマグネシウムイオンを注入し、1万気圧の高圧の下、約1500度で熱処理することで、マグネシウムを電気的に活発な状態にすることに成功した。注入した部分がGaN結晶と反応し、p型が作製できることを確認したという。従来法に比べて表面荒れのないフラットな平面が得られ、将来のGaNデバイス集積回路実現へつながる成果としている。なお、GaNに注入した微量なマグネシウムの分布や電気的状態を、ナノスケールで可視化する技術開発は物質・材料研究機構(NIMS)が担当した。

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    図1 今回発表されたGaNデバイス作製に関する研究成果 (出所:名古屋大学)

また、同大のGaN専用クリーンルーム(1000m2)にてGaN基板上の縦型GaNトレンチMOSFETおよび横型GaN HEMTの基本プロセス条件を確立。これを元にした、デバイス作製サービスも開始したという。提供されるGaNウェハの大きさはいずれも2インチで、標準プロセスでの総ステップ数は、縦型が221ステップ、横型が 228ステップとしている。

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    図2 GaN基板上に試作した縦型GaNトレンチMOSFET(左)および横型GaN HEMT(右) (出所:名古屋大学)

天野教授ら、GaN欠陥密度を低減する技術を考案

さらに、名古屋大学 未来材料・システム研究所の天野浩 教授らの研究グループが、GaNパワーデバイスの大電力化に際して障害となっていたキラー欠陥密度を従来の30分の1に低減し、パワーデバイスの実用化が一気に進むと言われている大電力(100A)チップの歩留まりを向上させる技術開発に成功したことも発表している。また、GaNの結晶成長において、GaN表面のGa原子挙動とアンモニア分子吸着の原子レベルでのシミュレーション開発を行い、結晶成長へのAI応用としてのプロセスインフォマティクスの先駆けとなる技術を構築したことも発表している。

GaNパワーデバイスを実現するには、大面積で高品質な結晶を実現する必要がある。同研究グループでは、GaN 高耐圧ダイオードの漏れ電流の起源を調査し、(図3左中でScrewと表示している)螺旋転位によってできるナノパイプの一部で電流が漏れていることを突き止めた。その結果をもとに、有機金属気相成長(MOVPE)における結晶成長条件を改善し、昨年報告していたpnダイオード動作での実証段階から、今回は大電力用デバイスとして実用化レベルである100Aチップの歩留まりが、研究開始時のほぼ0%という水準から30%へと向上させることを可能にしたとする。

加えて、MOVPEにおける原料ガスの反応過程を詳細に検討した結果、Ga原料であるトリメチルガリウムは、従来考えられていたアンモニアと気相で反応してアダクト(複数の段階からなる化学反応過程中に形成される中間体)を形成するのではなく、単独で分解する過程が支配的であることも明らかにした。この結果をもとに、金属GaのGaN表面での振る舞いをポスト「京」プロジェクトと共同でシミュレーションを実施、その結果、2次元液体のように振る舞うことを確認。この結果、「GaN の結晶成長プロセスにおけるインフォマティクスの技術の先駆けとなる手法を構築したことにより、第一原理計算による製造装置設計への道を拓いた」と天野教授は述べている。

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    図3 (左)GaN結晶における螺旋転移によるナノパイプ形成によるキラー欠陥の発生状況。(右)ポスト「京」によるGaN表面でのGaの振る舞いのシミュレーション (出所:名古屋大学)