米宇宙企業スペースXは2019年4月20日(米国時間)、開発中の有人宇宙船「クルードラゴン」の、エンジンの燃焼試験において、事故が起きたと発表した。

クルードラゴンは今年3月に無人での初飛行に成功、7月以降には有人飛行も予定していたが、延期は避けられない見通しとなった。

  • スペースX

    スーパードラコ(Super Draco)を噴射して飛ぶクルードラゴン(画像は2015年5月に行われた飛行試験のときのもの) (C) SpaceX

事故の詳細

スペースXの声明によると、事故は20日の午前(米国時間)に、ケープ・カナベラル空軍ステーション内にある第1着陸場(Landing Zone 1)で発生したという。このときクルードラゴン(Crew Dragon)は、機体側面に装備しているスラスター(小型のロケット・エンジン)「スーパードラコ(Super Draco)」の燃焼試験を行っていた。

試験の初期段階は順調だったものの、しかし、最終段階において何らかの"異常(anomaly)"が発生したとしている。

異常の内容については明らかになっていないが、現場近くでは大きな煙が発生したことが確認されており、爆発を伴う大きな事故が起きたとみられている。

また、同日流出したとされる映像からは、クルードラゴンが突如として木っ端微塵に吹き飛ぶ様子が映っている。また、事故はスラスターを噴射していない状態で起こっており、スラスターそのものではなく、タンクや配管で問題が起きたか、あるいはもっと別の部分で問題が起き、タンクなどに入っている推進剤に引火したといった可能性が考えられる(ただし、映像が実際のものかは不明)。

なお、宇宙船に人は乗っておらず、周囲にも人はいなかったため、けが人は出てない。

スペースXは「NASAとともに密接に連携して調査を進めている」とし、また「今回のような試験は、システムが厳格に定められた安全基準を満たしているかを確認し、飛行前にこうした異常を検出することを目的に行っている」と、前向きなコメントを発表している。

  • クルードラゴン

    クルードラゴンは今年3月、無人での初飛行を行い、国際宇宙ステーションにドッキングする試験に成功した (C) SpaceX

スーパードラコとは?

クルードラゴンは、スペースXが開発した有人宇宙船で、宇宙飛行士をISSに輸送することを目的としている。

スーパードラコは、そのクルードラゴンの機体側面に装備されているスラスターで、打ち上げ時にロケットにトラブルが発生した際、このスラスターを噴射することで、ロケットから離脱する役目をもつ。

これまで開発された有人宇宙船の大半にも、このような脱出用のロケットは装備されていたが、宇宙船とは別の部品になっており、打ち上げ時のみ先端に取り付け、不要になれば分離するような形になっている。クルードラゴンのように、宇宙船に組み込まれた形式のものが実用化されたことはない。

宇宙船本体に比較的大きな液体のロケットと、その推進剤のタンクを装備した宇宙船は、スペースシャトル以来であり、またそれを脱出に使うのはクルードラゴンがほぼ初めてである。

エンジンは3Dプリンターを使って造られており、推進剤には四酸化二窒素とモノメチルヒドラジンを使用。1基あたりの最大推力は71kNで、また推力は調整することができ、クルードラゴンをヘリコプターのように空中でホバリングさせることもできる。

クルードラゴンはこのスーパードラコを、卵のような形をした機体から膨らんだ、4か所のポッドに1基ずつ装備している。

なお、以前は着陸時にも使用し、パラシュートを使わず、地上の狙ったところにピンポイントで着陸したり、月や火星などの着陸にも使えるとされた。ただ、前者は安全性の問題から、後者はクルードラゴンを月や火星に送るという計画がなくなったことから、現時点では一旦棚上げとなっている。

ただし、スペースXのイーロン・マスク氏は過去に、着陸への使用については「将来的に再度検討するかもしれない」と語っている。

  • スーパードラコ

    スーパードラコを噴射し、空中でホバリングするクルードラゴン(2015年撮影) (C) SpaceX

ISSからNASAの宇宙飛行士がいなくなる可能性も

クルードラゴンは、今年3月に無人での初飛行ミッション「DM-1」を行い、国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングや大気圏再突入など、一連の実証に成功した。

スペースXは、今回事故を起こした機体の素性を明らかにしていないが、米国内の宇宙専門メディアの報道によると、DM-1で飛行した機体だったという。

スペースXとNASAは、今年7月以降にこのDM-1で飛行した機体を使い、打ち上げ中のロケットから離脱して脱出する「飛行中脱出試験(in-flight abort test)」を行うことを計画しており、今回の試験もそれに向けたものだったとみられる。しかし、事故で機体が損傷したこと、なにより肝心の脱出に使うスラスターの試験でトラブルが起きたことから、試験の延期はほぼ間違いない。

また、飛行中脱出試験のあとには、有人での初飛行も計画していたが、それもまた遅れることになろう。早くとも数か月か、もし宇宙船に大きな設計変更などが必要になれば、年単位でずれ込むことになるかもしれない。

もっとも、新型のロケットや宇宙船の開発において、試験中の事故やスケジュールの遅れは珍しいことではない。また、そもそも試験とは、こうした問題を事前に発見するために行うものであり、その意味では、今回の事故は深刻なものではないといえよう。

しかし、NASAの有人宇宙飛行計画にとっては大きな影響を与えることになるかもしれない。

スペースシャトルの引退後、NASAはロシアに多額の費用を支払い、ソユーズ宇宙船の座席を購入し、ISSへの宇宙飛行士の輸送に使用している。その金額は年々上昇しており、2018年の段階で1席あたり8100万ドル(約90億円)にも達している。

NASAでは、シャトルの引退が決まる前から、ISSへの飛行士の輸送を民間企業に担わせる計画を立ち上げ、その後スペースXとボーイングの2社を選定。当初、両社による宇宙船の完成、そして宇宙飛行士の輸送開始は、2017年ごろに予定され、それをもってソユーズへの依存が終わるはずだったが、実際には開発が遅れ、いまだ実現していない。

今回の事故が起こる前の時点で、スペースXは今年7月以降に有人の試験飛行を行い、その結果を受け、NASAが最終的な審査を行い、それをクリアすれば、正式に宇宙飛行士の輸送サービスが始まる予定となっていた。しかし、米会計検査院(GAO)などは「まだ解決すべき技術的な課題や問題点が残っている」と指摘しており、さらなる遅れが懸念されていた。今回の事故は、それに追い打ちをかける形となった。

一方、ボーイングの宇宙船「スターライナー」も、今年8月以降に無人での試験飛行を、そして今年末以降に有人の試験飛行を予定しているが、クルー・ドラゴンと同様に、スターライナーもまた、GAOが技術的な課題や問題点が残っていると指摘しており、その見通しは暗い。

現在NASAは、ソユーズの座席を2019年11月分までしか購入していない。そのため、これからソユーズの座席を追加購入するか、もしくはスペースXかボーイングによる開発がそれまでに間に合わなければ、NASAと、NASAが購入した座席を利用している欧州や日本、カナダの宇宙飛行士が、しばらくISSに行けなくなる可能性もある。

  • クルードラゴン

    ISSに宇宙飛行士を運ぶ、クルードラゴン(右)と、スターライナー(左)の想像図 (C) NASA

出典

SpaceX Statement on Crew Dragon Test Stand Anomaly
Jim Bridenstineさんのツイート: "NASA has been notified about the results of the @SpaceX Static Fire Test and the anomaly that occurred during the final test. We will work closely to ensure we safely move forward with our Commercial Crew Program.… https://t.co/RpsBfIAblv"
NASA’s Commercial Crew Program: Boeing Test Flight Dates and SpaceX Demo-2 Update - Commercial Crew Program
SpaceX confirms anomaly during Crew Dragon abort engine test - Spaceflight Now
SpaceX Crew Dragon spacecraft suffers anomaly during ground tests - SpaceNews.com

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info