ルネサス エレクトロニクスは4月11日、都内で国内では2014年以来となる大規模なプライベート・カンファレンス「Renesas DevCon Japan 2017」を開催。基調講演には同社代表取締役 兼 CEOの呉文精氏が登壇し、組込機器に人工知能(AI)を搭載する(e-AI:embedded AI)ことで生み出されるメリットや、エレクトロニクス化が進む自動車の今後のトレンドについてのルネサスとしての考え方などを披露した。

現在、広く世間で注目を集めているAIは、末端の機器(エンドポイント)がクラウドと接続し、クラウド上でビッグデータ処理を行い、最適解を得ようというものが多いが、「最終的な価値をユーザーに提供するのはエンドポイント」(呉氏)であり、ルネサスとしては、「ユーザーにまで、AIの恩恵が届かなければ意味がない」という考えのもと、「最後の1マイルをつなぐのが我々である」とする。

Renesas DevCon Japan 2017の基調講演に登壇する同社代表取締役 兼 CEOの呉文精氏。後ろのスライドは、エンドポイントにAIが搭載される意義を説明したスライド

とはいえ、e-AIを実際に活用するためには4つの超えるべき課題が存在するという。1つ目は、「リアルタイムコントロール」である。情報を得てから、しばらくシステムが考えた後、結果を提示していては現実の世界では間に合わないことは多々、存在している。現在、クラウドとエンドポイントの通信は0.5秒と言われるが、0.5秒あると、現実世界では、例えば時速60kmで走行している自動車では28m進んでしまっていることとなり、横から人が不意に飛び出してきたら、事故が起こることとなる。しかし、e-AIであれば、エンドポイントがクラウドと通信することなく自律的に判断を行うので、瞬時にブレーキをかける、といったことが可能となる。また、高解像度化が進むセキュリティカメラの映像を、常にネットワークを経由してサーバに送信していたのでは、あっという間にストレージの容量が埋まってしまうし、1台の映像ならまだしも、複数台の映像を取得しようとすると通信帯域を圧迫することにもつながる。これがe-AIにより、エンドポイントにて、映っているものが何ものであるのか、人間なのか、自動車なのか、木が風に揺らされただけなのか、を判断することができるようになり、本当に必要なデータだけをサーバに送信することができるようになるという。

e-AIに求められる4つの課題。1つ目のリアルタイムコントロールは、クラウドとエンドポイントで通信していると、どうしても時間(0.5秒程度)がかかってしまうが、エンドポイントのみで判断できれば0.005秒と判断の時間を文字通り桁違いに高速化することが可能となるというもの

2つ目は「セーフティ」だ。要は、本当に故障しないのか、という問題である。ハードウェア的な部分もそうだが、AIの認識に間違いがあるのかどうか、という問題も存在する。こうした場合、もし間違いがあったとしても、致命的な故障にならないようにする配慮が求められることとなる。また3つ目は「セキュリティ」で、2つ目のセーフティに近いが、こちらはサイバー攻撃への対処となる。この2つの課題は、例えば自動運転車がサイバー攻撃にさらされたときに、もしセキュリティが破られたとしても、安全なところまで走行を続ける、といった部分で重要となる。同社では、OTA(Over the Air)による新たなアルゴリズムへの更新や、それ自体が正しいプログラムかどうかを判断して導入する診断、修復機能をハードウェアとして有しており、呉氏も「ソフトウェアは書き換えしやすいが、半導体デバイスの中身を書き換えることは難しい。そこがルネサスの強みとなる」と説明する。

そして4つ目が「ローパワー」。これは単に低消費電力というだけではなく、低電力動作による低発熱、という意味も含まれる。組込機器、特にウェアラブル機器などは、小型であり、もし発熱が生じれば、冷却機構を搭載する必要があり、システムの大型化や複雑化を招くこととなる。「ウェアラブル機器に扇風機をつけるわけにはいかない」と呉氏も会場から笑いを誘っていたが、機器ベンダにとっては切実な問題となる。そこでポイントとなるのが、マイコンやSoCはもとより、それらが駆動する前段に位置づけされるパワーマネジメントの部分である。

ルネサスは2017年2月にインターシルの買収を完了。このパワーマネジメント部分の強化も図っている。呉市は、インターシルについて、「事業戦略的にもルネサスと似たようなところが多く、補完関係にある半導体企業」と評価。「海外企業とのM&Aにおいて、ポートフォリオの補完も重要だが、事業戦略や物事の判断基準といった基盤的な部分が似ているのかどうかといった部分も重要」と指摘しており、現に、インターシルの経営陣は買収後も残って、ルネサスとともに歩もうとしていることを強調した。

e-AIを可能とする技術はすでにルネサスには存在しており、かつインターシルの買収により、その周辺技術の補完もできたとする呉氏。インターシルとは文化や注力分野も似ており、単なる製品を補完する、といった関係だけではないことが強調された

ルネサスの執行役員常務 兼 インターシル社長のネイジップ・サイナエアー氏も、「ルネサスと一緒になった我々は、より包括的なソリューションを提供できるようになった」と述べたほか、「多くのシステム設計者は、電源設計の専門家ではなく、しかも電源は、システムの仕様が変更されることもあり、最後の方に回されることも多い。そのため開発に対する労力は大きく、かつ、より高い電力効率を実現するために、新技術を常に勉強し続ける必要もある」と、電源設計者が置かれている環境を説明。インターシルが、さまざまな要件に対応できる柔軟性を有するソリューションを提供することで、システム設計者は、よりコアな部分への設計に注力できるようになるとし、特に自動車や産業機器分野では、ルネサスを含めた包括的なリファレンスを提供することで、高いインテリジェンスを有しながら、小フットプリントを実現した高い信頼性で差別化されたソリューションの提供が可能になるとした。

基調講演に登壇したルネサスの執行役員常務 兼 インターシル社長のネイジップ・サイナエアー氏。インターシルの武器は電源などのアナログ半導体だが、ルネサスと組み合わせることで、システム全体のソリューションを提供することが可能になるとした

こちらがコラボレーションの例の1つ。USBのリファレンスボード。従来の1/6のサイズに小型化することができたという

また、「この数カ月の間でも、さまざまなことをルネサスとインターシルが協力して実現してきた。これからさらに、いろいろなことが起こってくる」とも説明し、カスタマやパートナーに向けて、そうした取り組みを楽しみに待っていてもらいたいと述べたほか、呉氏も「我々は日本唯一のマイコンメーカーとして、必ず勝ち残っていかなければならないと思っている」と、日本のロジックベンダとしてカスタマやパートナーと協力して、勝ち残りを目指すとの意気込みを披露。最後に呉氏は、「これが我々に託された、次世代のものづくりを日本に残していくという使命だと思っている」とし、よりよい環境をパートナーを協力して実現していき、新しいものづくりの在り方そのものをルネサスが作っていくことを誓った。