東北大学は9月9日、寒天やコラーゲンなど、水分を大量に含む柔らかいゼリー(ハイドロゲル)の表面に、導電性高分子による電気回路を印刷する技術を開発したことを明らかにした。9月8日(米国時間)に米国化学会誌「Journal of The American Chemical Sociaty」にオンライン掲載された。

開発されたゲル電極

通常の電気回路に水分は厳禁だが、近年、脳や筋肉の機能を計測し制御するために、水分で満ちた体内環境でも使える電極が必要となってきている。細胞や組織はデリケートで、しかも動くため、従来のSiやガラスを基板とする硬い電極に代わる柔らかいシート状の電極が求められていた。

また、生化学的な安全性はもちろん、栄養分や酸素などの循環を邪魔しないのが理想で、このような要求を満たす物質としてコラーゲンなどの生体を構成するハイドロゲルがあるが、こうしたゲル素材は含水性が高く既存の印刷技術で必要となる「インクの乾燥」ができないため、既存技術での電極印刷は困難であった。

今回、ハイドロゲルの表面に導電性高分子電極を析出させる電気化学技術を開発、こうした問題を解決した。具体的には、Ptの電極パターンを有するガラス基板をマスターとし、その上にゲルシートを塗り付けた状態、もしくは貼り付けた状態、で導電性高分子ポリマーの電解重合を行った。ポリマーは例えばポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)であり、原料であるEDOTモノマーは、ゲルシートを通して供給される。

Pt電極の表面からゲル内部へPEDOTを数μm成長させた後に、ゲルシートとPEDOTの複合体をマスター基板から剥がす。しかし、Pt電極とPEDOTの接着が強いため、無理に剥がそうとすると、柔らかくて脆いゲルシートは壊れてしまうという課題があった。今回の技術開発では、複合体を収縮・膨張させて"動かす"ことで、マスター電極から無理なく剥がすことに成功した。

マスター電極に交流電圧を加えるとPEDOTの体積が30%程度収縮・膨張を繰り返し、Pt電極との接着が壊れる現象を利用しており、ゲルシートはPEDOTと"一緒に動いて"構造を維持している。

この技術を用いることで、マスター電極のサイズと形状を、誤差数μmの精度で再現性よくPEDOTでコピーすることに成功。表面抵抗率は300Ω/□程度で、実用性は十分あるほか、不均一な凸凹表面に張り付く性質から、将来的には、脳の表面に貼り付けた使用なども考えられるという。

ゲル電極の作製例

今回のプロセスで作製可能となったゲル電極は、生化学的に安全な有機材料のみで構成されており、水溶液が自由に透過できるのが特徴。そのため、栄養分や酸素の循環など、細胞活動に必要な環境に影響を与えない電極として、培養細胞と組み合わせた実験系や、体内に埋め込んだ利用などにも対応可能という。

応用例として、PEDOT電極を印刷した寒天と、筋肉細胞のシートを組み合わせてみると、PEDOT電極を通して電気を流すと筋肉細胞が収縮・弛緩(運動)を繰り返すが、その際にゲル電極も一緒に動くため、筋肉細胞を傷付けずに長期間運動させる事が出来た。この電気で収縮・弛緩する原理は、筋肉痛や肩凝りに使う低周波治療器と同じだという。

また、同実験システムは、運動が筋肉細胞にもたらす効果を詳細に調べるもので、2型糖尿病に有効な運動治療(筋肉のインスリン依存的な血糖取り込みを改善すると言われている)のメカニズム研究や、2型糖尿病の治療薬開発への利用が期待できるなどの特長を有しており、今回開発したゲル電極の特徴が活きる応用分野は、筋肉細胞研究用キット以外にも数多くあると考えられており、体内埋め込み神経電極、薬剤投与デバイス、バイオ燃料電池などへの応用を想定した研究も計画しているとするほか、こうした開発に協力してもらえるパートナー企業の募集を行っていくとしている。

ゲル電極の応用例(筋肉細胞の運動効果の検査)