感性を呼び覚ます、音楽との新しい出会い方 
横浜にオープンした、誰もが音楽・楽器の楽しさを発見できる体験型ブランドショップ「ヤマハミュージック 横浜みなとみらい」。ニューヨークのメトロポリタン美術館に生まれた、音を通じて子どもたちの創造性を育む「インタラクティブ・ミュージカル・ステーション」。場所もジャンルも違う二つの空間に共通するのは、感性を呼び覚ます音楽との新しい出会い方という「Key」でした。


2024年6月、横浜みなとみらいにヤマハの新しいブランドショップがオープンした。楽器の販売や音楽教室の運営といった従来の店舗機能に加え、来店者に“体験”を通じて音楽・楽器の新たな楽しみ方を見つけてもらう「ヤマハミュージック 横浜みなとみらい」だ。楽器経験や購入意向の有無にかかわらず、誰もがそれまで知らなかった音楽の楽しさに出会えるという体験型の施設には、人と音楽との出会いを紡ぎ出すさまざまな仕掛けがある。

敷居は低く、体験はシームレスに

店内に入って最初に目にするのは、吹き抜けスペースの壁一面に設置された大型ディスプレー。カラフルなアート映像が画面いっぱいに広がり、音楽と連動してフロアを包み込む。「Music Canvas」(エクスペリエンスゾーン)と名付けられたその空間には、ただ音楽を聴くだけでなく、音を見て、音に触れ、音を全身で浴びる体験を可能にする仕掛けが備えられている。

「見るだけでも発見があったり、指一本で触れるだけでも楽しめたり。ここでは、そういった体験への敷居を下げた、ほんとうに誰もが楽しめる音楽体験を提供しています」。こう話すのは、エクスペリエンスゾーンの企画を担当したコーポレート・マーケティング部の豊田真規だ。幼少期からピアノとバイオリンを習い、学生時代には留学先のロンドンで、楽器一台を持って地元のバンドに混じって演奏する中でジャズと出会った。帰国後にジャズに没頭し、現在もジャズバイオリンを弾くという豊田の周りには、いつもさまざまな音楽があった。

  • ヤマハ株式会社 コーポレート・マーケティング部 豊田真規

ヤマハ入社後、一貫してマーケティング業務に携わってきた豊田は、2021年にリニューアルオープンした旗艦店「ヤマハ銀座店」のブランド体験の企画運営を担当した。国内最大級の総合楽器店として圧倒的な規模を誇るヤマハ銀座店だが、実際には「想像以上にヤマハの店舗に入ってもらうこと、そして楽器を体験してもらうことへのハードルが高かった」という。

「新しいブランドショップでは、『楽器経験や購入意向の有無にかかわらず、幅広い層の方々に音楽や楽器に関する新たな楽しみを発見してもらうこと』がテーマでした。そのため、誰もが──とくに楽器未経験の方でも──気軽にヤマハの店舗に入り、音楽や楽器に触れられることを目指しました。ヤマハ銀座店は地下2階・地上12階の施設でフロアごとに取り扱う楽器や体験の種類が分かれていましたが、みなとみらいでは壁のないシームレスな構造を生かして、それぞれのフロアをまたいで自然な体験のグラデーションをつくるような店舗を目指しました」(豊田)

自然と音楽に囲まれる空間

音楽や楽器に触れることへのハードルを下げるために、豊田らが力を入れた取り組みが二つある。ひとつは、前述の「Music Canvas」だ。外からもよく見える店舗の“顔”であるこのフロアは、楽器を奏でなくても音楽体験が可能な“アート空間”になっている。楽器をじっくり体験する場所が2階にあるので、この空間では「まずは見るだけ、聴くだけでも新しい発見や驚きがあり、指一本で触れるだけでも楽しめること」を目指した。

Music Canvasには楽器の自動演奏や立体音響システム「アクティブフィールドコントロール」、AI合奏技術などのヤマハの技術が詰まっている。「これらの技術を融合すれば、他の施設ではできない新しい没入型の音楽体験をつくることができるのでは」。豊田らはこう考え、Music Canvasの中にさまざまな体験を詰め込んでいった。自動演奏×立体音響×映像を組み合わせたショータイム、映像とピアノのインタラクティブ体験、自動演奏する楽器に自由に触れる体験、たくさんの楽器のパーツからなるアート制作、など前例のない新しいチャレンジばかりだったので、実現へのハードルは高かった。しかし、社内外の技術者と知恵を絞りながら実現へとたどり着き、その結果、お客さま自身によってその体験が拡散され、大きな話題を呼んだ。

  • ガイドランプが次に弾く鍵盤を教えてくれ、AIによる豪華な伴奏も添えてもらえる「AI Duo Piano」

  • 弦楽器に添い寝したり、抱っこしたりして響きや振動を感じる「Hug Me」

  • 本物の管楽器のパーツからなるトリックアート「Art of Sound」

  • 遊具で遊ぶように楽器が鳴る仕組みを体験できる「Tall Bass」

もうひとつ力を入れたのが、2階の「ライブ&カフェ」である。自然にヤマハ製品に触れてもらえるように、ソファの周りにはインテリアのように置かれた試奏できるギターやノイズキャンセリング機能のあるヘッドホンを自由に体験できるようにした。隣の楽譜・書籍エリアで販売されている本なども並べ、お客さまが思い思いにくつろげる空間づくりに配慮した。さらに、「カフェで提供するメニューも、まずはカフェとして気に入ってもらうための魅力を出すことと、ヤマハらしさの両立にこだわりました」(豊田)。リーズナブルな金額設定でありながら、周囲のオフィスワーカーを意識したスペシャルティコーヒーや、小腹を満たせるサンドウィッチ、そしてかわいらしいサイズのスイーツやアルコール類も用意。ヤマハとのつながりの観点では、本社からほど近い静岡県掛川市の茶園とコラボレーションし、実際に茶畑を見て、生産者の想いをヒアリングしながらオリジナルメニュー開発を進めた。さらに、ヤマハの企業ミュージアム 「イノベーションロード」の前には等身大のシロクマのフィギュアがあるのだが、純粋に「かわいい!」と手に取ってもらえるヤマハのアイコンになるのではと考え、豊田らはこのシロクマをモチーフにしたお土産やラテアートを独自開発したのだ。

他にも、カフェ内のイベントスペースを使って定期的にライブイベントを開催できるよう、イベント設備やルール、音環境の整備など、さまざまなケースを想定しながら各専門家との議論を重ねた。豊田らのチームは「カフェでくつろぐうちに自然と音楽への興味が引き立てられるような空間」づくりに注力した。

「音楽のある生活」へのGateway

アートやカフェ体験を通じて音楽に触れ、自然に音楽に興味を持ってもらうための仕掛けにあふれた、音楽・楽器との新しい出会いを提案する体験型ブランドショップ。オープンして日は浅いが、豊田はすでにこの新たなブランドショップの存在意義を実感している。

「楽器に興味を持つお客さまがこんなにいるんだ!というのがいちばんの発見でした。普段、楽器店に縁がないお客さまも含めて、これまでのヤマハの店舗では見たことがないくらいたくさんの人が試奏をし、能動的に楽器を体験してくださっています。『初めて弦楽器に触れて感動した』『テーマパークみたい』『楽器を始めたくなった』といったお客さまの声から、これまでのヤマハの施設とは違った魅力があることに気づかされました」(豊田)

訪れる客層もさまざまだ。地域住民、近隣の会社で働くオフィスワーカー、学生から家族連れまで。ガラス張りの開放的な空間に、飲食も充実もあって、さまざまな人たちが目的がなくても立ち寄って、思い思いの時間を過ごしている。今後は周囲の音楽施設との協業も視野に入れて、継続的なお客さまとのつながりを築く計画だ。カフェ目当てに偶然立ち寄った人がライブを楽しんだら、「自分も演奏してみたい」と思い、楽器を手に取るかもしれない。次に訪れた時には楽譜や楽器を見て回り、その次に訪れた時には思いきって音楽教室のドアをたたくかもしれない。そんなふうに、店内の仕掛けを通して音楽と出会い、音楽のある生活への一歩を踏み出してほしい――豊田はそう願っている。

「音楽がある空間にはポジティブな感情があふれている」と考える豊田は、「この場所を通じて、そうしたポジティブな輪が広がっていくことを願っています。単純に『音楽が好き』という人が増えるきっかけになるとうれしい」と笑顔を見せた。

体験への敷居を下げ気軽に楽しめる音楽体験を通じて、楽器や音楽との気軽な出会いをつくる「ヤマハミュージック 横浜みなとみらい」。次回は、子どもたちが音楽と出会うニューヨークのメトロポリタン美術館内のスペース、「インタラクティブ・ミュージカル・ステーション」を紹介します。

(取材日:2024年6月)


豊田真規|MAKI TOYODA
ヤマハ株式会社 コーポレート・マーケティング部。幼少期からピアノやバイオリンを習い、大学では音楽社会学を専攻した。ヤマハ入社後はマーケティング業務に携わり、2021年よりヤマハ銀座店のブランド体験エリア、2024年にヤマハミュージック 横浜みなとみらいの「Music Canvas(エクスペリエンスゾーン)」と「ライブ&カフェ」の企画を担当。

※所属は取材当時のもの

参考:
Music Canvas 音と光と楽器が描く、新しい景色へ。
ライブ&カフェ

感性を呼び覚ます、音楽との新しい出会い方 #2 子どものためのシンプルで奥行きのある音体験

感性を呼び覚ます、音楽との新しい出会い方 #3 自分の「好き」を育む空間のつくり方


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