トレンドライン
手書きのトレンドライン
ほとんどの初心者が真っ先に学び、最初に使うテクニカル分析手法は、手書きのトレンドラインであろう。筆者は1981年から1985年まではファンダメンタルズの研究のほかは、毎日トレンドラインばかり引いていた。当時のチャートを引っ張り出して見てみると、同時に何種類ものトレンドラインを引いて、クモの巣を張り巡らしたようなチャートと格闘していたのが分かる。
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(画像:トレンドライン:文字どおりトレンドを見るためのライン。上昇トレンドのときは切りあがっている安値を結んだライン。下降トレンドのラインは逆に切り下がる高値を結んだライン。上図は1990年ごろデイトレに実際に使ったもの。チックチャートをわざわざ手で描き、いわば手で考えながら取引し、しかも非常にうまく行った。) |
トレンドライン・クロス取引システム
この当時、PCも無い時代だったので他にすることも無く、恐らく数万本のトレンドラインを引いた挙げ句、何か役に立つことを一つでも発見したかというと、実はただ一つだけ発見することができた。それは当時大ヒットし、筆者も夢中になって見た映画「E.T.」にちなみ「ETシステム」と名づけた、単純なトレンドライン・クロス取引システムだった。
E.T.
外国為替相場市場においては、11週間以上の時間枠を持つトレンドラインが破れたときは、そのままドテン(リバース)してよい、11週間より短いトレンドラインしか引けないときは、トレンドラインのブレークはあまり意味を持たないので、引かない方が良いというものだった。これは数種類の通貨の歴史的チャートにトレンドラインを手作業で書き込み、それを徹底的に調べて得た結論だった。E.T.とはEleven weeks Trend-lineを意味する頭文字だった。
テクニヘッジ・システムの基本的仕掛け
1985年からはコンピュータを使い始めるようになり、そのことがきっかけで筆者の相場アプローチが徐々に変化して行くことになる。数値解析に拠り所を置いた市場取引モデルをコンピュータ内に構築する事に興味を抱くようになった。
という事は、手書きのトレンドラインをPC上に描画するのはかなり難しかったので、その数値的な進化形である移動平均線をロータス1-2-3という表計算ソフト内で計算し、為替市場データ上に自動的に描かせて、それを研究するようになった。ロータス1-2-3は当時最も進歩した表計算ソフトで、マイクロソフトのエクセルはまだ出ていなかった。
後に、トレンドラインETシステムは、移動平均線でも同様に有効であることを突き止め、「移動平均線は11週間の時間枠を使う」という原理に変わって、筆者のテクニヘッジ・システムの基本的な仕掛けとなった。これは今でも変わらずに使われている。
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(画像:55 日移動平均線をドル・インデックスに掛けたチャート。トレンドが発生した時に全ての金融市場でかなり正確に長期トレンドを追跡できる。11週間のトレンドラインと同様に長期方向転換を認識する機能があると考えられる。) |
儲かる時間枠と信頼できる時間枠
これらの発見の意味するところは、11週間移動平均線のような長期のアプローチは、信頼性が高いということである。後に述べるが、11週間の移動平均線よりもっと儲かる移動平均線の時間枠は個々の通貨を対象に調査してみると、いくらでも存在する。ところがどのような市場でも汎用的に使って、信頼性が落ちない移動平均線の時間枠となると、11週間程度の長期時間枠を使わないとうまくいかないというのが当時の結論だった。私が研究したのは最も儲かる時間枠ではなく、最も信頼できそうな時間枠である。
後に、調査に使うテクノロジーの飛躍的な発展があり、11週間よりも短くてしかも汎用性のある移動平均線を使った取引システムの存在およびその変形の存在にも気付くことになるが、1980年代はこれが限度だったと言うわけである。
シミュレーション・ソフト
システム構築の壁
しかし、長期移動平均線は気の短い筆者の気質とは折り合いが悪く、もっと短期的な取引システムを考え出す必要があった。困ったことにいくら考えても基本的な取引手法のアイデアを思い付かない時期が長くあった。私は真似が嫌いなので、自分のオリジナル・アイデアでシステムを作ろうとしたのだが、うまく行かない。また当時使っていたロータス1-2-3では作業に手間がかかり、アイデアが仮に出来たとしても、それをPC内の仮想取引所にプログラミングするのがあまりにも大変だった。
トレード・ステーション
これで困りきっていた頃、画期的なソフトウエアが発売された。コンピュータを使って相場をシミュレーションするために作られた初のシステム構築ソフトである。
1989年に筆者が購入したシステムライター・プラスがそれで、米国で開発された世界初の本格的システム構築・シミュレーション・ソフトだった。 PC内に設置した仮想のマーケットで取引手法の仮想取引実験をする為の専用ソフトである。オメガ・リサーチ社が開発した。現在はトレード・ステーションと名をかえてシステム構築ソフトの定番となっている。
シミュレーション・ソフトの限界
私は移動平均線の研究に没頭し、数カ月で非常に興味深い結論に到達した。それは意外にも次のような事実である。
すなわち、いかなる移動平均線のシステムもシミュレーションを終え、実際に使いだしてしばらくすると、「負け始める」のではないかという結論である。シミュレーション・ソフトのようなハイテク・ツールの「盲目的使用者」は市場で真っ先に破産するかもしれないという皮肉な結論である。それならシステムを使っても使わなくても同じである。
その年の末には筆者はシステムライターをしまいこみ、二度と使わなくなった。そしてロータス1-2-3表計算ソフトに逆戻りしてしまったのである。
ロータス1-2-3の長所
では何を好んでロータス1-2-3のようなロー・テクノロジーのツールを選んだのか? パラメータ探しに頼らないで、斬新な誰も思いつかないような取引技法の開発をしようと考えたからである。暫らくやっているうちに、テクニカル分析の根本的欠陥が分かり始め、その中心課題は「なぜ固定の時間枠で作られた指数の成績は不安定なのだろうか」、「これを解決するにはどうすればよいか」ということだった。こういうことを考えるにはやはり手作業に限る。
その最初の答えらしきものは、1991年にランダム市場確率モデルの中に見出すことになる。結局のところロータス1-2-3を使うという選択は正しかったわけだ。確率計算ならロータス1-2-3の方が使いやすい。そしてランダム市場モデルに目を付けた事も正しかったようだった。1993年にはオメガ・リサーチ社主催のロビンス・オメガ・システムトレーディング・チャンピオンシップに参加。オメガ・リサーチ社が開発したシステムライター・プラスではなく、ロータス1-2-3に組み込んだシステムで参加し、日本人として初めて準優勝した。じつは同年、著名な運用競技会ワールドカップ・チャンピオンシップでも日本人初の3位入賞を果たした。
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(画像:運用競技会で実際に使ったドル円取引システム。ロータス1-2-3に書き込まれ、グラフに逆張りの売買シグナルが自動点灯するように出来ていた。今から考えると驚いたことに日足4本足すら使っておらず、引け値の折れ線グラフを使っている。日足4本足データ(寄付き、高値、安値、引値)の入手が非常に難しかった為である。) |
移動平均線の研究
メリル・リンチ社の研究発表
さて本題に戻る。移動平均線のように明快で、しかも歴史も深い古典的なツールは研究し尽くされた感があり、手間をかけたアカデミックな研究も多数発表されている。古くはシカゴ大学が株価を対象に行った単純移動平均線の研究があり、残念ながらその内容は移動平均線の効用に対して否定的なものであった。 1970年代の後期にはメリル・リンチ社が同じような研究を大規模に行って発表した。
個人の研究としてはラリー・ウィリアムズが1988年に出した「DEFINITIVE GUIDE TO FUTURES TRADING」という本の中で、メリル・リンチの研究のフォローアップを行っている。
これらの研究で次のようなことが分かってきた。
1.過去のデータをシミュレーションすると、非常に儲かる移動平均線のシステムを発見することができる。
2.ただし、この発見は現実には何の役にも立たない事も多く、想定外の深刻な被害をもたらす。
移動平均線の夢と現実
移動平均線の落とし穴
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(画像:指数平滑移動平均線:トレードシグナルにて作成) |
具体的に言うと次のようになる。
メリル・リンチ社は1970年から1976年までの先物データを使って、最も安定した利益をもたらす指数、移動平均線の組み合わせ、およびチャンネルの研究を行った。例えば、銀と大豆を1枚取引した例を取ると次のようになる。(ちなみに銀も大豆も当時の人気先物商品で、特に銀は激しい動きをすることで知られていた)。
単純移動平均線と引け値のクロスを売買シグナルとするシステムでは、銀は19日の移動平均線を使用するシステムがベストで4万2920ドル儲けることができた。大豆では55日移動平均線で22万ドル以上の利益があった。
ところがウイリアムズの追跡調査では次の5年間このやり方で取引すると、銀は3万ドル以上の損、大豆は4000ドル近くの損となった。
単純移動平均線よりは高級と思われている指数平滑移動平均線=エクスポネンシャル移動平均線(※参照)を使用した結果は、もっと悪かった。さらに単純移動平均線を改良した二重移動平均線のクロスでは、シミュレーションにおいては成績がさらに改善されるが、シミュレーション以降の現実の適用ではやはり損の結果になっている。
銀は3日と26日の組み合わせが最高で、1970年から1976年までのシミュレーションで10万ドルの利益があった。ところが1977年から 1981年までの追跡調査では8000ドル近くの損となった。大豆の場合、16日と50日のクロスがベストであったが、次の5年間では2000ドル以上の損となっている。
※指数平滑移動平均線(エクスポネンシャル移動平均線)
加重移動平均線の一種であり、直近の値段ほど平均値に荷重されて反映されている。過去すべての値動きが反映されている点で固定時間枠内のみを観察する移動平均線とは根本的に異なる。
チャンネル・ブレークアウトの落とし穴
移動平均線よりもさらによく使われているチャンネル・ブレークアウトでも、同じ結果が出ている。銀は14日間の最高値と最安値をチャンネルとし、そのブレークアウト(飛び出し)を売買シグナルとするシステムで3万ドルの収益、大豆は51日のチャンネルで24万ドル儲かるはずであった。ところが、それが分かった後の実際の取引では両方とも損にしかならなかった。
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(画像:チャネルブレークアウト:トレードシグナルにて作成) |
ウイリアムズはさらに、移動平均線にパーセント・フィルター・バンド(※参照)と言われる、よく知られた移動平均線の改良型手法を調査し、やはり同じ結論を導いている。ウイリアムズによれば、彼の過去20年間(著作当時)の相場人生で、移動平均線を使って継続的に成功したトレーダーを1人も見たことがないと断言している。
※パーセント・フィルター・バンド
移動平均線の上と下に一定のパーセント幅のバンドを引くことによって、価格がその幅の内側にある場合は相場のアヤとみて建玉を避け、逆に価格がバンドの外側に出たときにはトレンドの発生と捉え、順バリで取引する。
このように移動平均線であれ、チャンネル・ブレークアウトであれ、システム構築ソフトを用いてシミュレーションで発見されたベスト・パラメータ(※参照)は実は深い意味合いを持っているのだが、それを悟らないで盲目的に使う限り何の意味もない事があり、それなら逆に有害でさえある。米国では過去の苦い経験から、以上に述べた危険性の事前開示原則が定着し、これらの問題を乗り越えるための基本的ノウハウの開拓が90年代の中心テーマとなった。
※パラメータ
変数。移動平均線やRSIにおいて過去何日の値をベースにするか、練行足やポイントアンドフィギュアの値幅など、取引者が任意に決定する数値。
日本の現状
日本ではそこまでシステムが使い込まれた局面まで行っておらず、こうした危険性に気付かないままシステム構築ソフトが販売されるという楽観的時代が始まったばかりである。システム構築ソフトが、ベスト・パラメータとベスト・パターンの検索装置だけである限り、問題の本質的な解決にはならない。コンピュータの検索能力に過度に依存して、行き詰ってしまうかもしれない。この現状は1980年代後半に米国が犯した過ちをまるで後追いしているかのようである。他人が懲りたことは、自分も懲りない限りは学習できないということなのだろう。
移動平均線で成功し、そして破綻したCTA
成功と破綻
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(画像:筆者所有の当時のCC社開示文書より引用:運用成績を示すグラフ) |
さて移動平均線の愛用者のために述べておかなければならないが、移動平均線を使って成功したトレーダーは存在しなかったわけではない。
最も良く知られた例は、米国のCTA(商品投資顧問業者)コロラド・コモディティーであろう。同社は5億ドル以上の資金を運用した当時世界最大手の CTAであったが、同社の開示文書を読んでみると、取引手法は指数平滑移動平均線(エクスポネンシャル移動平均線)を主として使用すると明言されている。
同社は10年以上の長期に渡って、主として外国為替のような金融先物市場で、毎年20~30%という驚異的な安定成績を上げてきた。ただ通貨市場のトレンド性が一時的に崩壊したと言われる1994年から1995年の初頭にかけて、50%以上のドローダウン(資産ピークからの落ち込み率)を発生させ壊滅的状態になった。ただし、この異常な損失は、指数平滑移動平均線の使用にだけ原因があったとは言いがたく、資産管理の手法にも重大欠点があったことがほぼ確実である。さらに同じ時期にほとんどすべての有名トレンド・フォロー型取引者が同じような損を被ったという市場の特殊事情も背景にはある。
為替市場のトレンド志向
一般に、移動平均線を適応 して最も成功しやすい市場は為替市場であると言われていた。為替市場はトレンド志向性が非常に高いのがその理由だった。中でもドル円は当時の全ての取引対象との比較においてトレンド志向が強いと見做されていた。この通説は2000年ごろから怪しくなり始め2003年以降は単なる伝説に過ぎなくなってしまった。トレンドはゴールドラッシュのように取引者を引き付ける。そしてゴールドハンター達が殺到してくると、瞬く間にあらゆる収益機会は取り尽され枯れ果ててしまうのだ。
移動平均線の改良
移動平均線はその基本形も改良法もほとんど研究され尽くしているために、これ以上の改善はかなり難しいと言える。
最も基本的な改良は、移動平均線を二重にし、そのクロスをシグナルとすることであった。その結果、自然な流れとして 三重の移動平均線も導入されることになった。
フィルター・バンド
さらにクロスにおけるダマシを有効に避けるために、フィルターと呼ばれるバンドを移動平均線に上乗せし、値段がこの外に出た時だけシグナルを発生させる方法が採用されるようになった。このフィルター・バンドのコンセプトは、各種トレンド・フォロー取引手法の根本的改善手段となって発展していく。
フィルターは通常ある値幅として与えられ、その内部での動きは無視するのが原理であるが、条件フィルターという考え方も導入された。ストキャスティックのような外部指数との組み合わせによって、ある数値条件を満たしたときにのみ売買をするルールが条件フィルターである。
フィルター作成への懐疑
筆者は、基本的にはこうした外部指数の導入によるフィルターの作成には、懐疑の念を抱いている。その最大の理由は、外部指数はそれ自体たくさんの変数(パラメータ)を抱えているため、システム全体の変数の数が増えることにある。
シミュレーションの単純化
一般にシステムの変数が増えれば増えるほど一見優秀なシステムができ上がるが、現実に適応したときの成績は、反比例して悪くなる。言い換えると、複雑な、シミュレーションで非常に良い成績のシステムは実は現実には対処できず、単純なルールによるホドホドのシステムほど、現実の世界で成功する可能性が高い。
テクニカル指標の根本的欠点と同様の欠点
あまり研究されていない改良方法では、移動平均線を未来に向かって何日かずらす方法がある。この方法は、かなり詳しく調査してみたが、確かにシミュレーションによる成績を大幅に改善するのに有効である。さらにフィルター・バンドをつけたまま未来に向かってずらしてみると、それ以上に成績が上がる。ただ、現実の取引に応用する段階では比較的早い時期に成績が落ち始めるように思われる。その最大の理由はこの手法が相場の周期の安定性に依存する度合いが強いことにある。この点はほとんど全てのテクニカル指標の根本的欠点と全く同じことである。我々が期待するほどには安定した周期性などは市場に存在しない。
我が国で開発された一目均衡表(下図)の計測原理には、やはり「ずらす」という考え方が採用されている。日本では、このずらした過去の姿を「雲」と呼んでいるが、影と呼んだ方が分かりやすいかもしれない。ずらす事の本質は何かと言うと、実は価格変動周期を視覚化している事なのだが、米国の周期指数がいわば周期の理想形であるサインカーブに限りなく近い形を追求しているのに対し、時間のずれを利用して周期を捕らえようとするところに奇抜な独自性がある。いずれにしても、日本人は数値的コンセプトを視覚化し、図表化することに長けていた様で、「見せる仕掛け」を作るのが巧みだった。また「多様なあいまいな解釈を許す」という点でも、この一目均衡表は日本人の好みにはぴったりな手法だといえる。
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(画像:一目均衡表:一目山人が作ったチャート。価格そのものだけでなく時間枠を重視したチャート。:トレードシグナルにて作成) |
可変時間枠移動平均線
移動平均線の基本的問題は、時間枠を設定する固定のパラメータが市場と合わなくなってしまうということである。そこで、移動平均線の時間枠を市場の条件(周期や変動率)に合わせて自動調整する可変時間枠移動平均線が米国で考案された。
時間パラドックス
これらはかなり複雑な計算を必要とし、表計算ソフトの助けがないと計算できない。一時熱中して試行錯誤したことがあるが、有効性については確固とした結論を得ることは出来なかった。
重大問題の自動解決と言う点で、基本コンセプトは非常に魅力的ではあるが、周期や変動率の本質そのものが良く分からないのに、そのパラメータを自動適正化させようとする試みがうまく行くかどうか筆者は疑問に感じた。
既存の時系列分析手法の改善を図ろうとするとき、この「固定の観察時間枠」という宿命から逃れようとする試みは、度々なされてきたが、あまり成功の例は報告されていない。しかし、ここに相場分析の根本的な重大問題がありそうだと、かなりの先駆的エキスパートたちが直感的に考えていた。間違いなく、私もその一人だった。
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