そんな逆風の中で手がけられた『真夏のシンデレラ』だが、恋愛の中身に目を向けると、思いのほかチャレンジングな点が多い。
近年の恋愛ドラマは、「メインの男女をめぐる恋のライバルを作らず、三角関係のバトルを描かない」という穏やかな物語が新スタンダードになり、局を超えて作り手がそちらに偏っていた。
しかし、『真夏のシンデレラ』は、蒼井夏海(森七菜)と水島健人(間宮祥太朗)に牧野巧(神尾楓珠)を加えたバチバチの三角関係バトルを選択。佐々木修(萩原利久)と山内守(白濱亜嵐)と滝川愛梨(吉川愛)、小椋理沙(仁村紗和)と息子・春樹(石塚陸翔)と早川宗佑(水上恒司)を含めた3つの三角関係を真っ向から描こうとしている。
さらに、今夏のゴールデン・プライム帯で放送されているもう1つの恋愛ドラマ『こっち向いてよ向井くん』(日本テレビ、毎週水曜22:00~)は、主人公の恋愛下手な理由にフィーチャーしたイレギュラーな作品。深夜帯に目を向けても、ウソの結婚生活、軽度知的障害者の恋、ストーカーとの恋を描いた作品などが並び、『真夏のシンデレラ』のようなストレートな恋愛ドラマ、しかも恋愛群像劇は希少であり、それを月9で放送することは「多様性を保つ」という点で意義が大きい。
しかも、『真夏のシンデレラ』が連ドラデビュー作となるアラサーの新人脚本家・市東さやかを起用したことも重要なポイントの1つ。脚本家の高齢化が叫ばれてひさしいが、かつての坂元裕二、野島伸司、北川悦吏子らがそうだったように、「恋愛ドラマはみずみずしいセリフが書ける若手に任せるべき」という声がありながらも、それができていなかった。
昨秋の『silent』を連ドラデビューの新人脚本家・生方美久が成功させたポジティブな流れを生かし、「次は月9の恋愛ドラマで抜てきしよう」というスピード感と継続性は、手放しで称賛されていいのではないか。
■月9は恋愛ばかりではなかった
最後にあらためて月9というドラマ枠にふれると、メディアや世間の人々は「恋愛ドラマ」というイメージで多少の誤解がある。
前述したヒット作こそあったが、各年のラインナップを見ると恋愛ドラマの割合は、年4作中2作程度であり、10年台は年4作中1作程度にすぎなかった。しかし、それでも「月9=恋愛ドラマ」というイメージを持つメディアと人々が多いことは変わらないのだから、やはり1~2作は期待に応えて放送したほうがいいのかもしれない。
この約5年間、月9は視聴率の下落を止めるべく、刑事・医療・法律の手堅い路線を徹底していた。だからこそ「月9は恋愛ドラマ“も”放送する」という本来の形を見せた『真夏のシンデレラ』は、再び大きな一歩を踏み出したように見える。
「全盛期」と言われる80年代終盤から00年代序盤の月9には、『君の瞳に恋してる』『すてきな片想い』『東京ラブストーリー』『101回目のプロポーズ』『ロングバケーション』『ラブジェネレーション』『やまとなでしこ』などの恋愛ドラマだけでなく、『教師びんびん物語』『素顔のままで』『ひとつ屋根の下』『ビーチボーイズ』『HERO』『アンティーク』などさまざまなジャンルのヒット作を持つ多様性のあるドラマ枠だった。
しかしその後は、『西遊記』『のだめカンタービレ』『ガリレオ』『CHANGE』『コード・ブルー ―ドクターヘリ緊急救命―』『PRICELESS~あるわけねぇだろ、んなもん~』『信長協奏曲』など恋愛ドラマ以外のヒット作が増える一方で、「恋愛ドラマのヒット作がほとんどなくなった」という事実がある。
そんな10年代の低迷に加えて、約5年間のブランクがあっただけに、いきなり高品質な恋愛ドラマを手がけるのは難しい。実際、各話の放送後ネット上に批判交じりのツッコミがあふれていることがそれを物語っているが、X(Twitter)を見れば「それも含めて月9の恋愛ドラマを楽しんでいる」という様子もうかがえる。
一年中季節感の乏しい作品ばかりが放送される中、フジが看板枠の月9で夏ムード全開の恋愛ドラマを手がけることの価値は高い。分かりやすい視聴率などでは測れない価値であるため局内評価が気がかりだが、今後も月9は少なくとも年4作中1~2作、特に夏は恋愛ドラマを手がけるべきではないだろうか。