埼玉県川口市に大友克洋作の『童夢』のモデルになった団地がある。川口芝園団地だ。これがものすごい「壁」なのだ。今回はこの壁にまつわるミステリーについて話そう。

団地をそういう風に使っていいんだ!

15階建ての団地が屏風のように折れ曲がりながら連なるその長さは、500m!

ご覧の通り、超能力者同士の空中戦が繰り広げられる舞台に相応しい高さと長さを備えた団地だが、作中では壁がひしゃげたり爆発したりしてなんとも心痛む。この作品によって団地に対するネガティブなイメージが決定づけられた面があり、個人的には複雑な気分だが『童夢』が名作であることは間違いない。1983年の第4回日本SF大賞を受賞している。

さてこの川口芝園団地はなぜこんなにも壁なのか。その理由はこの団地が建っている場所にある。(場所はここ

JR京浜東北線、東北本線に面するように建っている。(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・CKT20127・コース番号:C16/写真番号:36/撮影年月日:2013/02/17(平25)に加筆)

1978年に完成したこの団地、なんと防音壁なのだ。この長大な壁によって、その内側の住宅群は鉄道の音から守られる。じゃあこの棟の人はうるさいじゃないか、ということになるが、線路側は廊下でそっち側にはトイレなどが面していて中はそれほどうるさくないと聞いた。ぼくも線路沿いのマンションで育ったけど、電車って道路と違って終電もあるから夜中は静かなんだよね。高速道路や幹線道路沿いの住宅の方がたいへんだと思う。

取材しているあいだもひっきりなしに列車が通過していった。

「守られた」内側はたしかにうってかわってとてもしずか。落ち着いた雰囲気。超能力者とかいなそう。

それにしてもこれを知ったときは、団地を防音壁として使っちゃっていいんだ!とぼくもびっくりした。

日本3大「防壁団地」

団地のその大きさを利用して、住宅以外の機能を持たせるという事例は、本連載第1回目で紹介した白髭東アパートもそうだ。あっちはまさかの防火壁だった。

「ファイアーウォール団地」都営白鬚東アパート。何度見てもびっくりの壁っぷり。

こういうボリュームを持っている建築に別の機能を持たせるっていうのは、都や公団(現UR)といった公的主体ならではの都市計画だと思う。すてきだ。今話題の新国立競技場も単にスタジアムっていうだけでなくて、巨大さならではのトンチを効かせたらいいのに、と思う。「巨大だから景観的にダメ」じゃなくて「でかい意味があるな!」っていう風にさ。どうも普通の建築は単機能すぎる。

うん、余計なことを言った。

さて、こういう「でかいから壁にしよう」でいうと、もうひとつ日本を代表する団地がある。これだ!

軍艦島はなんと「防波堤」団地!

軍艦島! 長崎港の沖合に浮かぶ外周約1.2kmの小さな炭鉱労働のための島だった。

みんな大好き軍艦島の集合住宅がそれだ。軍艦島の集合住宅は、日本で最初の鉄筋コンクリート造の団地なのだ。最初のものは1916年完成。そしてこの島の集合住宅群は、なんと防波堤の役割をはたしていたという。最盛期には5000人を越える人びとが住んでいたので、狭い島はきつきつ。おのずとボリュームのある建築は単機能ではいられなかったというわけだ。

以上の防音壁の川口芝園団地、防火壁の白髭東アパート、軍艦島の集合住宅をぼくは「日本3大防壁団地」と呼びたい。

とはいえ鉄道にお世話になってた川口芝園団地

さて、川口芝園団地ができる前この場所は何だったのかを調べたら面白いことが分かった。

まわりは田んぼ。そして後の団地の敷地にはなにやら工場らしきものが。(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・コース番号:M46-A-7-3/写真番号:6/撮影年月日:1947/02/15(昭22)に加筆)

上の写真は1947年の様子。前出の航空写真と同じ範囲。終戦直後で団地はまだ影も形もなく、なにやら工場っぽいものが建っている。調べたところ、これ1972年に閉鎖した日本車輌製造株式会社の蕨製作所というものだそうだ。つまり、列車の騒音に対抗する団地は、かつて車両を作っていた場所に建っているのだ。

さらに面白いのは団地建設の際の資材搬入の話。

ちょうど団地を作り始めたときの写真。まわりにはすでに結構住宅が建ち並んでいる。(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・CKT7415・コース番号:C15/写真番号:29/撮影年月日:1975/01/11(昭50)に加筆)

以前も紹介した素晴らしい団地本『いえ 団地 まち――公団住宅設計計画史』(木下庸子 植田 実・ラトルズ・2014年)によれば、まわりの道路が狭すぎて工事用車両の出入りが困難だったため、すぐ脇の鉄道を使ってコンクリート打設用材料を搬入したという。

一見、鉄道に対抗しているように見える川口芝園団地だが、実はすごくお世話になっていたのであった。そう知るとなんだか車両と団地とが、仲間に見えてきた。こういうけなげさを感じていたら『童夢』の超能力者たちもむやみに団地を壊したりしなかったのではないかと思う。

<著者プロフィール>
大山顕
1972年生まれ。フォトグラファー・ライター。主な著書に『団地の見究』『工場萌え』『ジャンクション』。一般的に「悪い景観」とされるものが好物。デイリーポータルZで隔週金曜日に連載中。へんなイベント主催多数。Twitter: @sohsai

イラスト: 安海