世の中の手帳術の本は2種類に大別されます。
ひとつは、特定の手帳に紐付けられているもの。著名なビジネスパーソンが開発した手帳には、専用の解説書が必ずと言っていいほど存在します。もうひとつは、手帳全般について広く解説した本です。これは各種の手帳を取りあげそれぞれの手帳について解説した上で、個別のテクニックにも触れています。
いずれにせよ、手帳に付属する記入例だけではわかりにくい部分を補完するものとして、解説書は必要とされているわけです。そして今回紹介する『仕事が速くなる! PDCA手帳術』(谷口和信/明日香出版社)は、現時点では、この2つの中間に位置する手帳術書かもしれません。その意味でとても貴重な存在です。なぜそんな言い方が可能なのかも含めて、順に説明していきましょう。
本書では、手帳の機能を、各種記入欄の解説なども含めて網羅しています。 それは例えば、P.24にある「手帳でできること」のリストにもあらわれています。ここには、タスク管理や予定管理といったオーソドックスな項目以外に、ライフログや読書や映画のメモなどの最近の流行の目的も書かれています。
またかつて流行したGTD(※1)の考え方が、著者がその方法を実践したエピソードとともに紹介してあります。原典の書名も記されていますが、概要はこの本の記述で十分にわかります。プロジェクトの分解法として、A3用紙とふせんを使う方法も紹介されています。つまり実用的なノウハウが盛りだくさんでかなり使える本だと思います。
Getting Things Doneの頭文字を取ったもので、俗にライフハックと呼ばれる考え方の基礎。複数のタスクがあるときに、処理方法ごとに分類し順に処理し、またリストそのものを定期的に見直したりする方法、およびそれを含む複数のテクニック。日本では、『ストレスフリーの仕事術 仕事と人生をコントロールする52の法則』(デビット・アレン/二見書房)の刊行以降にポピュラーになった。
予定と実績を記録しフィードバックしていくのがPDCA手帳術
本書のタイトルになっている「PDCA手帳術」とは何でしょうか。
ひとことで言えば、PDCAの考え方、すなわちPlan=計画、Do=実行、Check=検証、Action=行動のサイクルを手帳の中で実践することです。予定を立てて手帳に記入し、実行。実際の結果を記入して振り返り、更に未来にフィードバックしていく。これを日々の予定だけでなく、検証項目や行動、仕事の内容についてまで、記録して見える化し、修正・改善していくというわけです。
こういう方法自体は恐らくそう珍しくはなかったと思います。ただ筆者がこれを実践し、細かな具体的な方法を、各種の方法を図案化された記入例(写真よりも見やすい)とともに紹介している点は、既存の類書になかった点だと言えます。
著者は大学教授でも起業家でもありませんが、あとがきにある、「手帳の使い方をみなおし、残業時間を大幅に減らした結果、鬱状態から回復した」というエピソードは大きな説得力をもっています。
PDCA、パーキンソンの第一法則(※2)、GTDなど、ビジネス雑誌などではよく見かけるキーワードもいたずらに使われているわけではありません。だから、「新しいことは書いてなかった」などという、"一人道場破り"のような評価は早計だし、何よりももったいないのではないかと思います。
英国人歴史・政治学者のシリル・ノースコート・パーキンソンが『パーキンソンの法則:進歩の追求』で提唱した、「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」という考え方。
また、「やる気がないときにはどうするか」とか(P.184)、『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー著)における時間管理のマトリックスの、それぞれについて時間の使い方を記録し、更に目標値を設定してそれに近づけるテクニック(P.194)などの具体的かつ実践的な技もふんだんに紹介されています。語り口もとても平易なので、共感しやすく実践しやすいと感じられました。
メタ手帳術的構造の書籍
同時にこの本は以下のようなことも示唆しているように思われます。
すなわち、手帳術とは手帳の使い方の工夫であり、それと同時に、またはその延長線上で各種の仕事術・時間術関連の書籍を読んでそれらの方法を取り入れ、自らの性質や仕事にフィットした独自の方法を編み出すことでもあるのだと。いわば「メタ手帳術的な構造」が、同書の基調音として流れているようにも思えました。
GTDやPDCAの考え方、また「悩みのジャグリング」(岡田斗司夫氏の著書『あなたを天才にするスマートノート』からの引用/文藝春秋)などのキーワードが登場するあたりはその証明だと思えます。
冒頭の注意事項の種明かしをしておきましょう。「現時点では」と書いたのは、本書の著者が高橋書店主催の「手帳大賞2017」で優秀賞を受賞しているからです。同賞の受賞者のアイデアは商品化されることがあり、そういう意味ではこの本は、やがて高橋書店から発売されるかもしれない手帳の解説書という位置づけになる可能性があるわけです。
実際、同書には、著者が考案した振り返りのためのフォーマットが掲載されています。確かに著者の言うように、記入フォーマットはエクセルで簡単に自作できます。そして、それが最初から用意されている手帳が市販されていればこれほどいいことはないわけです。 私の知る限り世の中の手帳を自作して販売している人の多くは、自分にぴったりのフォーマットを集めたものとして、手帳を構想し、部数の差はあれど販売されています。
また、そういう望みがあるからこそ、著者は高橋書店の手帳大賞に応募したのだと推測できます。
手帳が人気になるとその解説書が登場するのも珍しくありません。例えば既報の逆算手帳も公式ムックが登場しています。つまり、この『PDCA手帳術』は、同じ出版社から刊行されている『速攻で仕事をする人の手帳のワザ』(佐久間英彰/明日香出版社)と同じ位置づけになる可能性があるわけです。同書の著者の佐久間氏は、「ジブン手帳」(コクヨ)のクリエイターとして有名です。
この本が、高橋書店から将来発売される谷口氏プロデュースの手帳の準公式ガイド本となるのか、それとも汎用的な手帳術本にとどまるのか、それはまだわかりません。ただ、病からの寛解というエピソードは、それだけで説得力があります。もし皆さんがストレスの多い仕事生活をしているのであれば、一読の価値はあると思います。
舘神龍彦
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