連載『老後サバイバル』では、フィデリティ投信株式会社 フィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史氏が、同社が勤労者3万人を対象に実施したアンケート結果などをもとに、退職後にいかに備えるかについて考察します。
これまで9回にわたって「老後サバイバル」をテーマに、今後予想される厳しい老後の具体的な課題とその対策である資産形成の要諦をまとめてきました。最終回はこれまで細かく言及できていないものの、必ず視野に入れなければならない全く正反対な2つのポイントを紹介します。
45年間の年率3%運用は「分散投資」で
ひとつ目は運用です。これまで長期投資を実行するための資産運用の心構えとして、「逆算の資産準備」で生涯にわたるお金との向き合い方をまとめてきましたが、それを読み返していただくと、30歳から75歳まで45年間にわたって年率平均で3%運用を続けることが前提になっているとおわかりいただけます。肝心な点はどうやって年率3%運用を行うかです。答えは金融資産1000万円以上の持つ20代の特性からもわかったことですが、分散投資でしょう。
資産運用ではよりリスクを軽減すべく分散投資は不可欠です。3%運用はそれほど高い収益率ではありませんが安定的に目指そうとすれば、まずは国際的な4資産分散を考えたいところです。国内債券、世界債券、国内株式、世界株式の4つを4分の1ずつ保有するのが最もオーソドックスな方法なのですが、いつも言われながら実はなかなかできていないことでもあります。それは個別の資産の動きに惑わされやすいからです。
まずは指数を使って1995年12月以降、19.5年間の4資産分散のパフォーマンスをみてみましょう。結果は、このほぼ20年間で資産は2倍以上になっています。細かく計算すると、税金や手数料を考慮しない段階で、年率換算4.5%の平均収益率をもたらしています。十分3%運用を可能にしていると思います。
4資産分散の実績
(注)日本株式はTOPIX配当込、日本債券はシティ日本国債インデックス、世界株式はMSCIワールド・インデックス(除く日本/税引前配当金込)、世界債券はシティ世界国債インデックス(除く日本)で算出。将来の投資収益を保証するものではありません。
やらない理由を探すよりも始める気持ちを
もちろん、今後の投資環境はわかりません。「そろそろ世界的に金利が上昇するトレンドに入りそうだから、株はそれほど上がらなくなるだろう」、「アベノミクスで日本株は上昇したがいつまで続くか疑問が残る」などなど、懸念を口にすればいつまで待っても投資はできません。このグラフの約20年間を振り返ってみると、ITバブルとその崩壊、100年に一度と言われたリーマンショックなどかなり大きな波が襲った時期でしたが、それらを乗り越えて、こうした成果を上げています。あまり短期的な要素を気にし過ぎて眺めているだけでは厳しい老後は生き残れないかもしれません。
何もしないまま老後を迎えるとほぼ100%の可能性で資産がどこかで枯渇します。そのリスクは遠い先だということで目をつぶっているのではないでしょうか。投資のリスクとどちらが大きいのか改めて考えて欲しいところです。
生活"費"レベルの引き下げ
2つ目のポイントは老後の暮らし自体を変えることです。老後の資産として自助努力で用意する資金=必要資金総額―年金受取総額で考えてきました。「老後難民」の懸念は必要資金総額を引き上げ、受け取る年金総額を引き下げる方向に動くわけですので、その規模が大きくなればこれまでまとめてきた「生涯を通じたお金との向き合い方」だけでは対処できないかもしれません。
そこで合わせて考えておきたいのが必要資金総額の引き下げ策=生活費レベルの引き下げ策です。老後の資金は現役最後の年収の68%という原則を使ってきました。これで計算すると600万円の年収の人は老後に年間408万円、35年間で1億4280万円必要になるのですが、これを60%に引き下げられれば1億2600万円、50%なら1億500万円となります。年金の受取額は生活水準を引き下げても変わりませんから、この必要総額が減った分だけ自助努力の金額を少なくさせることができるのです。「老後難民」で必要総額を増やす力が働くのであれば、それを少しでも打ち消すことができるのです。
地方都市移住のススメ
具体的にどうするのかと言えば、地方都市移住です。田舎暮らしをするのではなく、地方の大都市でも十分に60%や50%へ生活費を下げることができるのです。
例えば、2013年の消費者物価地域差指数をみると、東京都区部に比べて消費者物価が低い都市が意外に多いことに気づきます。都道府県庁所在地といった地方の大都市にもかかわらず、低い方からのランキングでみると上位20位でも6%以上低いのです。住居のコストを考えるともっと生活費の水準は低くできるのではないでしょうか。
消費者物価地域差指数(東京都区部=100)
(注)都道府県庁所在都市には政令指定都市も含める。
アメリカにはリタイアメント・コミュニティと言って55歳以上にならないと移住できないコミュニティが1000か所以上あると言われています。こうしたコミュニティでは、幼稚園や小学校は不要です。その代り、大学が併設されていたり、病院のサービスが受けやすくなっていたり、ゴルフ場やリゾートが周囲にあったりと、高齢になっても活動的に暮らせる施設やサービスが充実しています。行政側からしてもすべてのサービスを提供しないで済むメリットがありますし、資産家を集めるメリットもあります。
こうした国内でのコミュニティが日本にもできるようになれば、老後の生活必要額をその生活レベルを落とさないで実現することができます。差し当たりできる「地方都市移住」も視野に入れておくべき考えだと思います。
老後サバイバルのためには、俯瞰的で総合的な対策が不可欠になってきています。制度の導入や行政の対応など自分では何とも動けない点も多いのですが、その中で自助努力を惜しまないことが不可欠になります。
(※写真画像は本文とは関係ありません)
執筆者プロフィール : 野尻 哲史
一橋大学卒業後、内外の証券会社調査部を経て、2006年からフィデリティ投信株式会社 フィデリティ退職・投資教育研究所所長。大規模なアンケート調査をもとに投資家への提言をするなど、投資教育に従事。「退職金は何もしないと消えていく」(2008年) 、「老後難民 50代夫婦の生き残り策」(2010年)、「40代のサイフ」(宝島社、2012年)、「50歳から始めるお金の話し」(2013年2月、小学館文庫)など著書も多数。現在、日本アナリスト協会検定会員、日本FP協会、日本証券経済学会、行動経済学会などの会員。