「宇宙の仕事」と聞くと、一部の専門家たちだけを対象とした”特別な仕事”と思ってしまいがちですが、実態はその真逆。特別な経験や知識がなくとも携われる仕事がたくさんある業界なのです。
そんな宇宙産業のさまざまな仕事を紹介する『宇宙の仕事辞典』の第1回。宇宙空間の通信キャリア事業における営業の仕事について、ワープスペースの國井 仁さんにお話を伺いました。
【イントロダクション】ワープスペースのビジネスとは?
今、宇宙をビジネスフィールドとして捉えたとき、「高度400~1,000kmの低軌道に小型人工衛星を打ち上げる」民間事業者の存在が浮かび上がってきます。人工衛星の小型化と打ち上げコストの減少で、地球環境の研究や災害監視、資源調査などを目的とした地球観測衛星を打ち上げる民間事業者が急増しているためです。
しかし、低軌道衛星と地球間の通信に使用されている直接無線通信には制約が多く、低軌道周回による地上との通信可能時間の制限、人工衛星の急増による電波利用許認可手続きの長期化、収集データの高精細化に伴うデータ容量増大など、さまざまな課題を抱えているそうです。
そこで、宇宙空間における通信キャリア事業の確立を目指してスタートしたのがワープスペース。低軌道よりも高々度に配備したデータ中継衛星と光通信を活用することでそれらの課題をクリアにし、「低軌道衛星と地上間を常時接続可能にする通信インフラの構築」を目指している宇宙スタートアップ企業です。
どんな仕事なのか教えてください
「宇宙空間における光通信サービス」が当社の事業内容です。そのセールスとしての仕事は、世界中のお客様企業に対し、宇宙空間における光通信インフラサービスの概要、そして2024年の光通信衛星の打ち上げおよび軌道上実証、2025年のサービスインといった当社計画の展望と進捗をお伝えしつつ、宇宙空間での光通信サービスの利用を検討してもらう、というものになります。
お客様となるのは、これから人工衛星を打ち上げる予定の民間事業者や政府系機関です。その大半は、人工衛星で地球を観測し、その観測データ提供を行う事業者。観測データは、例えばGoogle Mapや天気予報など私たちの生活の身近なところでも活用されているわけですが、地球上とのデータのやりとりに不可欠な高速・大容量な光通信インフラを宇宙空間に構築し、提供しようというのが、当社の取り組む事業です。
宇宙での光通信が可能であることは、2005年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)が行った実験によって実証されています。そしてその先にある事業化を、当社が推進しています。近い将来、地球上だけでなく月や火星へも、人類の活動圏は拡張していくでしょう。通信インフラ提供を通じて、その後押しをする――人類の今後を左右するようなスケールの大きな事業ですが、それを現実のビジネスとして展開できるなんて、我ながら「壮大な事業に関われているな」と思います。
ちなみに当社はまだまだ規模の小さな会社ですので、一人何役もこなすのが当たり前。私の場合は事業開発担当として、このセールスの仕事を中心に、採用・PR・新規R&D案件の調査などにも携わっています。
この仕事のやりがい・面白さは
私にとっては、宇宙という広大無辺なフィールドで前人未到のことに挑戦できるという点が、一番の魅力かもしれません。宇宙ビジネスの多くはまだ誰もやったことのない事業ですから、正解が存在しない未知のことだらけなわけです。そんなフィールドで、世界中の事業者と仕事をするので、知的好奇心は刺激されっぱなし。毎日ワクワク・ドキドキしていて、そこが面白さの一つだと感じています。
同時に、自分の仕事を通じて、宇宙産業や日本でのキャリア選択におけるロールモデルになりたいなと思っています。私は文系出身の新卒入社で、宇宙空間での光通信サービス提供という前例のないビジネスに携わっています。こんな経歴の人は世界中を見渡しても少数派だと思います。言ってしまえば、自分自身がこの仕事をやり遂げることで、宇宙業界におけるロールモデルの一人になれるわけです。そんな可能性を秘めた仕事は、なかなかないのではないでしょうか。
この仕事の難しさ・大変な部分は
とは言え、当社の提供しようとしているサービスは、民間レベルではまだ前例がないものなので、お客様企業にとってもチャレンジングな先行投資になります。多くのお客様企業のニーズは、当社サービスの活用によってこれまで地上に降ろせず十分に活用しきれていなかった観測データを、ほぼリアルタイムで地上に降ろし、新しいソリューションをエンドユーザーに提供すること。ただ、そこに至るまでの過程には多くの時間と費用が必要で、お客様企業には、その投資を行うという決断が求められます。
だからこそ、当社のビジョンや事業に共感していただき、パートナーシップを築いていくことが大切になるわけですが、その分、セールスとして具体的な成果を出すまでに時間がかかってしまうのです。時には「自分がいまやっていることが、何に繋がるのだろう?」と感じてしまうこともあります。 ですから、自分自身の知的好奇心や目的意識、熱量、当社が目指す未来への共感といったものをモチベーションにして、長期的に取り組んでいく仕事だと思います。
私は学生時代に1年間休学してアフリカで過ごし、インターンやNGOのボランティアを経験しました。現地の人の暮らしぶりなどを目の当たりにする中で、「私たちが享受している便利な暮らしは、多くの先人たちが築いてきたものの上に成り立っているものだ」という気付きを得ました。ただ、それが等しくすべての人が享受できるようにはなっていないとも。そこから「最先端の技術の社会実装を通じて、大勢の人の役に立つ仕事がしたい。未来に何かをつなげていく仕事がしたい」と考えるようになったんです。それで人類全体の未来に貢献できる仕事として宇宙業界を選びました。日々の仕事の中で迷いや不安に直面したとしても、自分の原点にはそんな思いがあります。だから、前を向いて一歩ずつ進んでいけるのかもしれません。
この仕事で求められる資質や、活かせる経験・スキル
どんな仕事にも言えることかもしれませんが、自分なりの「原点」や「初期衝動」が一番大切かもしれません。その上で、語学力は持っていた方がいいと思います。現在宇宙業界の主体は欧米ですので、商談相手が日本人とは限りません。そういう意味でも英語はマスト。私の場合は外国映画で言い回しやコミュニケーション術を学んで、後はひたすら英語話者と話して英語力を磨きました。当社には外国出身のスタッフもいますし、常に英語と接していられる環境です。
あと資質的な面でいうと、想像力の豊かさや自由な発想ができるといいかもしれません。正解やセオリーのない課題に取り組むとき、正しいかどうかはさておき、自分で無数の解決策を想像できるかどうか。たとえば、宇宙空間での光通信インフラというものを、宇宙について詳しくない方たちに理解してもらうにはどうしたらいいか。そんな課題に対して、言語化して分かりにくい部分はデザイナーと組んで可視化しようとか、そのデザイナーと一緒にどんなストーリーテリングだとわかってもらえるか、アイデアをぶつけあってアウトプットを生み出していきます。または、マンガなどとコラボしてイメージしてもらおうとか。
先行事例や正解があることの方が少ないので、ジャストアイデアで構いません。試行錯誤の量がモノを言う環境ですし、想像力豊かな方であれば、存分にクリエイティビティを発揮できると思います。
【これから宇宙ビジネスにジョインする方へ】
●私が宇宙を仕事にした理由
在学中には他のスタートアップでインターンシップを経験したりもしましたが、宇宙業界の社会貢献性の高さや先の分からなさ、自分がロールモデルになれるチャンスがあるという点に惹かれて、宇宙を仕事にしようと決めました。文系からの新卒入社という自分のバックボーンと宇宙を掛け算したら、唯一無二の存在として後に続く人たちのロールモデルになれるという点も魅力でした。黎明期だからこそ、たくさんの醍醐味を味わえる業界だと思います。
●読者へのメッセージ
私みたいにまったくのゼロベースからでもジョインできる可能性がある業界なので、興味関心がある方は積極的に話を聞きに来たり、採用面接にもトライしたりしていただきたいと思います。当社が掲げる9つの行動指針の中には、「少しでも可能性があれば、まずはやってみようよ」というものがあります。可能性を絶対に否定しない文化、とも言えます。そういう空気が、当社はもちろんのこと、宇宙業界全体に溢れています。宇宙の仕事は、あなた自身の気付いていない可能性と出会うチャンスになるかもしれません。