破壊的創造者(Digital Disrupter))の時代

この2年くらい「Digital Disrupter」という言葉をよく聞くようになった。日本語では「破壊的創造者」と訳しているようであるがどうもしっくりこない。

「Disrupt」という言葉は、もともと「中断させる」、「混乱に陥れる」、「破壊する」という意味を持つ英語である。その響きはいかにもアメリカ的(というかカリフォルニアのシリコンバレー的)で、今までは日本の報道ではあまり使われていなかった印象であるが、最近主に外資系の新製品・新サービスの発表などでこの言葉が使われるのを見かけるようになった。

たぶん本社のマーケティングが使っている言葉を無理やり日本語化するよりは、そのまま使ってしまってしまおうということなのだろう。この言葉が意味するのは、「今まで継続的に行われていた方法を根本から覆すような新しい考えで新たな製品・サービスを提供する破壊的創造者」、ということである。

Webで見てみると「Disrupt SF 2018」などというカンファレンスも開催されていて、私の想像ではシリコンバレーの玄関口のサンフランシスコに、画期的なビジネスモデルによって起業しようとする血気盛んな若い企業家たちが集まり、斬新なアイディアを披露するためのカンファレンスであるらしい。

彼らが目指しているのはGoogle、Amazon、Facebookらに代表される巨大ITプラットフォーマー達である。既存の手法を否定し、技術的ひらめきと想像力を働かせ、熱い情熱でもって失敗を恐れずチャレンジする起業精神こそシリコンバレーの創成期から受け継がれたスピリットであり、私も以前勤務したAMD社内にあふれていた「ざわざわした感じ」を思い出す。

パソコンの父などとも呼ばれ、スタンフォード大、パロアルト研究所などで活躍した科学者アラン・ケイが言ったように「未来を予測する最善の方法はそれを発明することだ」、という考えはシリコンバレーに特有なDNAと言ってもいい。かつて私が現役のころも、このアグレッシブな基本姿勢は「Trend Setting」とか「Game Changing」という表現で繰り返し伝えられたが、基本的な考えは同じで、これが原動力となっていろいろな起業家、エンジニア、マーケッターが磁石に吸い寄せられるようにシリコンバレーに集まって来る。こういった部分は、ともすれば「決められた方向性に沿ってひたすら進み、その道を極めることがよし」、とされる日本の伝統的企業姿勢と大きく違うところである。

さて、Digital Disrupterであるが、この言葉が使われる場合、たいていその具現者であるGoogle、Amazon、Facebookといった大企業自身が自らを指して使うのではなく、現代社会を飲み込んでしまいそうな勢いを加速化させるこれらの巨大企業に対抗する既存勢力が使う場合が多い。既存勢力とは絶え間ないイノベーションによって業界標準を打ち立て、現在まで業界をリードしてきたテクノロジー・リーダー達である。

  • SIA(米国半導体協会)の創立25周年記念アルバムの表紙

    SIA(米国半導体協会)の創立25周年記念アルバムの表紙にはGordon Mooreのサイン入りで「Beyond Imagination(想像力を超えて行け)」と書いてある、まさにシリコンバレーの精神である (著者所蔵イメージ)

自社AIチップの外販に踏み切るGoogleと対抗する汎用チップ既存勢力

すでに自社のデータセンター用のAIチップとして独自開発のTPU(Tensor Processing Unit)を使用していることが明らかにしているGoogleが、今度はエッジ・ノード用のAIチップをベースとしたプラットフォームの外販に踏み切るという。

Googleはこのプラットフォームの提供で、端末で入力された情報の処理をわざわざネットワーク経由でGoogleのデータセンターを通して行わなくても、ピア・ツー・ピアでリアルタイムに処理することを実現する。このプラットフォームはPCI ExpressやUSBポートなどの既存のインタフェースを通して各種コンピュータと物理的に接続できるようになっていて、Googleはこの独自開発ASICを搭載したプラットフォームをモジュールのような形でGoogleアプリをサポートするプログラム開発者に対して提供するという。

Googleのチップレベルでのエッジ・コンピューティングへの参入は、Googleの経済的影響力を考えると画期的であり、既存勢力にとっては脅威である。世界最大のデータセンターを運営するGoogleが端末機器の中身にまで入ってくるという点でこれからの半導体市場に大きな影響を及ぼす可能性を秘めている。

汎用チップ勢力も黙ってみているわけではない。スマートフォン用のCPUコアですでに確固としたポジションを確立しているArmは最近、デバイスからデータまで一貫した管理が可能なIoTプラットフォームを発表した。汎用CPUのコア提供者であるArmは、あくまでその汎用性をアピールしながらCPUチップレベル以上のソリューションを提供していくという。

その発表の内容を見てみるとGoogleなどの巨大ITプラットフォーマーへの対抗心がありありと感じられる。Armは汎用性を強調しながら既存企業全体に対して「このままだとすべて彼らに乗っ取られてしまいますよ」、という警鐘を鳴らしているようにも感じられる。データセンターのサーバ用CPUチップ市場の9割近くを抑えるIntelもお得意の企業買収などによって何とかAI・IoTチップ市場の主導権を握ろうと必死のようである。まさにDigital Disrupter対既存勢力の戦いの始まりの緊迫感が感じられる。

自前チップ開発の発表を行ったTesla

自社株を買い戻して公開企業から脱皮を図るという計画を自身のツイッターで発表して大騒ぎとなったTeslaのCEOのElon Musk氏であるが、最近の決算発表で興味深い発表をした。

現在NVIDIAから供給を受けているメインAIチップを近い将来、自社独自開発のASICに置き換えるという。量産EV車のModel 3をめぐる最近のTeslaの状況は必ずしもいいものとは言えないようだが、Musk氏も含めてTeslaは会社全体がギラギラした情熱を持ったエンジニア集団である。既存の方法論にチャレンジすることを社是とするTeslaが、EVのキーデバイスである半導体チップを他社に頼るというのは考えてみると矛盾であると感じていた矢先の突然の発表であったので、大変に驚いた。私のような古典的半導体屋にとってASICの独自開発というのは、「よほどの蓄積されたノウハウと資金力がないとまるで現実性がない」という先入観があるが、GoogleやAmazonなどの独自ASIC開発の発表を目にすると、大きく時代が変わっていっているのを実感する。

Musk氏自身が語るところによると、このプロジェクトはすでに3年前から始まっており、その詳細は明らかにはできないが、現在のNVIDIAのチップに比較して飛躍的な性能向上が図れるという。自身がガチガチのエンジニアであるMusk氏は「現在の汎用GPUは無駄なところが多いし、効率が良くない。ニューラル・ネットワークのアクセラレーション用に自社開発のASICを開発していることを発表する時期になった」、などと語っており、「これは本物だな」という感じがしてくるから面白い。

確かに、AIやマイニングなどの先端アプリケーションには現在ではAMDかNVIDIAの汎用GPUを使用するのが圧倒的な主流であるが、この分野も市場が成長するにつれ他社の参入、あるいはITプラットフォーマーの自社開発ASICというのは十分に考えられることである。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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