そうだ、シリコンバレーに行こう!!

私がベンの突然の訃報を聞いたのは昨年の10月のことであった。30年以上も前、大した経験もなかった私をAMDに採用したのは当時のマーケティングのVPであったベン・アニクスターだった(この辺のいきさつは過去の連載記事をご参照いただきたい)。

そのベンはもうこの世にいない。1986年にAMDに入社した私は結局20年以上もの間、お世話になる事になり、AMDでいろいろな経験をした。

そもそもこのコラムを始めたきっかけはマイナビニュースの編集部から「AMDでの経験話を書いてくれないか?」、という突然の話をいただいたのがきっかけだった。2年以上たった今AMD話の連載はのべ84話の長編となり、その後も、コラムという形で掲載が継続され私がつたない文章で書く連載も総数45話を超えることとなった。私の半導体屋人生の大半をお世話になる事になったAMDでの経験は何物にも代えられない貴重なものであった。AMDでの24年は次の点でその後の私に大きなインパクト与えた。

何と言っても半導体ビジネスは技術トレンドの最先端

最新のハードウェアであれソフトウェア/サービスであれ、そのタスクを実行するのは単結晶の超高純度シリコンウェハの上に超微細加工を施した半導体がなくては実現しない。これからどんな半導体が出てくるのかを知るということで、これから出てくる新製品、サービスをある程度予測することが可能となる。半導体を理解することで、もともとエンジニアでない私のような人間でも技術革新の道程とそれが社会に与えるインパクトが何となくわかるようになった。

シリコンバレーは真にグローバル

シリコンバレーでは大変に多くの人種の優れたエンジニアが切磋琢磨して毎日競争に明け暮れている。シリコンバレーで1年働けばなぜここに人が集まるのかよく理解できるようになると思う。これは3~4日の出張ではわからない。これら世界中から集まった人たちとシリコンバレーの空気をしばらく共有することによって、グローバルな視野を持つことの重要性がわかる。

シリコンバレーの活力

不断のイノベーションで競合と切磋琢磨することによって醸成される不思議な活力はシリコンバレーに特有なものがある。

30年以上におよぶ私の半導体仕事人生で多分カリフォルニアには100回近く訪れていると思うが、いつもホテルとオフィスの往復ばかりで観光をする機会はなかった。今回、サンフランシスコの観光の後でシリコンバレーに移動してかつての上司、同僚、友人に会いに行ってみようと思い立った。しばらく訪れていなかったシリコンバレー企業の事情については各所の報道で承知はしているが、実際に訪れてまたあの独特な空気を思い切り吸ってみたい、「そうだ、シリコンバレーに行こう!!」。半導体業界から引退3年目のセンチメンタル・ジャーニーである。

シリコンバレーでの移動手段「Uber」 - 破壊的なビジネスモデル

現役時代の出張であればサンフランシスコ空港かサンノゼ空港に着陸し、出国審査を終えて出口を通ると、すぐに待ち構えているHertzなどのレンタカーのカウンターにダッシュして出張中に運転する車を手配することになるが、今ではこの風景はUberの出現ですっかり変わってしまった。日本では経験できないUberであるが、シリコンバレー訪問直前にまだ現役の友人に勧められてサンフランシスコ観光中にUberを使ってみた。

  • Uberの魅力

    スマホにアプリをダウンロードし、決済情報を入力するだけでどこへでも手軽に連れて行ってくれるのがUberの魅力

いいことも悪いこともいろいろと話題になるUberであるが、一度使ってみるともうこれなしにはいられなくなるほど便利である。簡単に説明しておこう。

  • まずWebサイトからスマートフォンにアプリをダウンロードし、クレジットカードなどの決済方法についてセットする。使用する前にやることはこれだけだ
  • 移動したいときにアプリを開くとGoogleマップ上に今、自分がいる付近にあるUber運転手がどこにいるかが表示される。大抵4~5台はその辺を通りかかっている
  • 行き先を入力する(米国の場合はストリート名・番地など、ホテルの名前でもいい)。Uberは使用者がいる場所の位置情報はすでにGPSで知っているので行き先だけ告げればよい
  • 画面下のメニューで相乗りの可・不可、車のサイズなどの選択を行う。するとただちにドライバーが指定され料金が表示され、そのドライバーの簡単なプロファイルが名前・顔写真付きで表示される。プロファイルには車種、Uberドライバーとしての経験などが簡単に説明されている
  • 指定されたドライバーと料金にOKであれば「Confirm」をクリックする。するとその車のナンバープレートが表示され、マップ上でその車が今どこにいてどれくらいの時間で来るかが表示される。Googleマップ上を自分のオーダーした車が向かってくるのがわかる。通常4~5分で来る。早い場合は1分で来る場合もある
  • 乗車するとドライバーが客の名前の確認を行い、車はただちに動き出す
  • 行き先までの料金は車が指定された時にすでに決まっているので変動することはない。行き先までの時間もおおむね指定した到着予定時間通りである。もちろん乗車後の移動中は自分の乗車した車が今どこを走っていて、目的地までのどのルートを移動しているかがマップ上に表示され続ける
  • 目的地に着くとあとは「サンキュー」と言って降車するだけである
  • 降車するとすぐにそのドライバーについての評価をUberが聞いてくる。評価が良ければチップを払いたいかどうか聞いてくる。チップは強制ではない。評価についてもスキップすることもできる
  • 評価が終わると、決済がただちになされ領収書がメールで送られてくる

このUberのシステムは大変に便利であるので今ではこれがスタンダードになっている。以前ではいろいろな場所で見かけたレンタカーのオフィスが姿を消しているし、タクシーはほとんど見かけない。コスト面でレンタカーはじり貧になっているし、物価の上昇でタクシー運転手はこの地域には住めないのでUberの登場でこれらは駆逐されてしまったというのが現状である。これは正に破壊的なビジネスモデルである。しかもUberの競合も出てきている。

Apple本社を訪問

この記事が出るころにはAppleはすでに新製品を発表しているはずである。私はその発表の5日前の土曜日にApple本社キャンパスにある観光客用の「Apple Park Visitor Center」にいた。

Apple本社があるCupertino市の地元の人たちがSpaceship(UFOのようなドーナツ型である)と呼んでいるこの巨大な本社ビルには約2万人の社員が働いているという。一社だけで世界の半導体の9%以上を消費するというこの巨大企業の成長戦略には今のところこれといった弱点が見られない。

日本の国家予算をはるかに凌ぐ時価総額を誇るこの企業は世界的にいろいろな影響を与えているが、地元のCupertino市へのインパクトも大きい。私が滞在したSunnyvaleのホテルはこのApple本社からそう遠くない位置にあるが、私の訪問の一週間前にはそのホテルの目の前の道路でAppleの自動運転車が公道試験中に追突事故を起こしている。幸い大きな事故ではなかったらしいが、Appleの自動運転車の開発はすでに公道試験の段階にまで来ていることがすっぱ抜かれた形になった。Appleを始めGoogle(Mountain View)、Facebook(Menlo Park)、Tesla(Palo Alto)などが本社を構えるシリコンバレー地域にこれらの企業が与えるインパクトの中で特に深刻なのは、物価上昇と交通渋滞の問題である。

  • Apple Park Visitor CenterからのApple本社ビル

    Apple本社キャンパスのApple Park Visitor Centerから本社ビルを望む。林の奥にあるのがSpaceshipと呼ばれるApple本社

シリコンバレーの物価は私が想像していた以上に上昇していた。特に不動産の上昇率は激しく、ここに自分の家を持つ人たちですでに引退した人たちは口をそろえてシリコンバレーの自宅を売却して他の地域に移住する計画があると言っていた。

巨大企業の平均年収はうなぎのぼりでそれにつれて物価が上昇している。それでもこれらの企業、またそれをサポートする企業の従業員は増え続けている。これらの企業は基本的にファブレスなのでホワイトカラーのみになってしまい、前述のようにタクシーなどの伝統的インフラビジネスは生き残れない。またハイウェイ101などの幹線道路の渋滞はどんどん悪化している。かつては30~40分くらいで移動できたサンフランシスコとサニーベール間の移動時間はピーク時には2~3時間という混みようである。

どうやらかなり様変わりしてしまったシリコンバレーであるが、まだAMDもIntelも健在だ。次回は、かつては半導体ブランドの看板がずらりと並んでいたLawrence,Stuart,Kiffer通りなどの近況をレポートしてみたい。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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