7nm以降のプロセス開発を凍結すると発表したGF

世界2位の半導体ファンドリ事業を展開するGlobalfoundries(GF)の最近の発表に関する記事を大きな驚きをもって読んだ

本社からの英文のプレスリリースのタイトルは「GLOBALFOUNDRIES Reshapes Technology Portfolio to Intensify Focus on Growing Demand for Differentiated Offerings」とあり一見して何のことかわからない典型的なシリコンバレーPRの発表文であるが(ネガティブなニュースとしてとらえられそうな内容のリリースの場合、大抵こういう風に説明的で長ったらしくなる)、要するに下記のような内容である。

  • GFはかねてより着手していた7nm以降のFinFETプロセスノードの自社開発を凍結
  • 開発エンジニアのリソースは現在の14/12nmノードの強化に振り分ける
  • 新たなフォーカスを最先端CPUの製造から、省電力、RF、組み込みメモリの顧客に対するさらなるサポート強化にシフトする
  • 本社機能と別にASIC事業を請け負う子会社を設置する

内容の詳細については前掲の記事をご参照いただければと思うが、以前、AMDに勤務した私としては、GFには特別の思い入れもあり、大変な驚きとともに大きな興味をそそられた発表であった。

というのも、GFはAMDの最先端CPUの主力ファウンドリであり、今までの両社からの発表からはこの協力関係は7nmまたそれ以降のさらなる最先端プロセスの開発とともに継続されるであろうと思われたからだ。

確かに伏線はあった。AMDがごく最近TSMCとの協業を認めたことである。そのニュースを聞いた私は大変に市場受けが良い新世代CPU・GPUのデマンドが急増することを見越しての措置だと思っていたが、実状はGFが脱落することによりAMDはTSMCとの協業へと大きなシフトを余儀なくされたということだ。これにより半導体ファウドリ市場でのダントツ1位のTSMCのポジション(現在のTSMCの事業規模は第2位のGFの5倍以上である)は増々強化されることとなるだろう。

GF誕生秘話

GFは2009年の創立から着々と世界のファブレス顧客を取り込んで、その需要を支える製造キャパシティを急峻に増強してきたが、その最初で最大のキャパシティであるのがかつてAMDが建設した独ドレスデン工場である。

1990年の初めころから、AMDはそのビジネスのフォーカスをIntel対抗のハイパフォーマンスCPUに全面的にシフトし、テキサス州オースティンのFab25の後継主力Fabとして旧東独のドレスデンに大規模な工場を立ち上げた。1999年の事である。

しかしIntelとの激しい競争の継続に必要となるCPUデザインの開発コスト、最先端プロセス開発コスト、それに加え級数的に増加する工場建設の設備投資のすべてを自社で維持するのは困難との判断で、製造部門を切り離し独立のファウンドリ会社を立ち上げることを決定した。だが、大規模なキャパシティを擁するドレスデン工場を独立会社とするには多額の資金が必要だった。そこに現れたのがアブダビの投資機関であるATIC(Advanced Technology Investment Company)である。ATICはアブダビ首長国の王家の直接管轄の投資機関であり、AMDはこの投資機関の出資を受けてドレスデン工場を切り離し、2009年に独立のファウンドリ会社を設立することとなった。

これがGFとなったのである。当時のAMDのCEOヘクター・ルイツと限られた幹部たちが、東奔西走の挙句このアブダビの投資ファンドにたどり着くまでの話はヘクターの自叙伝「Slingshot」に詳しいが、砂漠を突っ切って走るリムジンの先にアブダビの王子が待っていた話などの数々のエピソードは(多少脚色があるとは思うが)映画でも見ているようなエキサイティングな話ではある。

その中でも面白いのが、このアブダビの王家との偶然のめぐりあいの場が当時AMDがスポンサーをしていたF1レースのフェラーリ・チームのパドック席であったことだ。この話は他の複数の筋からも聞いているので本当なのであろう。私はAMD勤務中に確か5~6回ほどドレスデンを訪れているが(最初の訪問はドレスデンでの工場鍬入れの時であった)、この美しいドイツの古都を訪れる時は通常の海外出張とは違っていつもウキウキした気分になったのを憶えている。

  • AMDのドレスデン工場のお土産品

    AMDのドレスデン工場のお土産品。「AMD in Dresden」と書いたアクリルの材料に封止されたAMDのCPUチップ、これは初代K8であると思われる (著者所蔵イメージ)

今回の発表が意味すること

さて話をGFの発表の件に戻そう。この発表はこれからの半導体市場の動向を占ううえで以下のようないくつかの貴重な示唆を与えてくれているように思う。

ムーアの法則が限界に近付いている

「CPUに使われるトランジスタ数は1年で2倍になる」という未来の半導体微細加工技術の驚異的な発展を予測したゴードン・ムーアの経験則は40年を経て明らかに限界に近付いていると感じる。

最近の研究機関の成果の報道では3nmから先の微細加工の技術要件についての話も出ているが、少なくともこのような最先端技術の商用化はその開発コストとそれを移植したFabの建設費用の級数的な増大でビジネス的に明らかに限界を迎えている。このような投資リスクを請け負える企業は相当に数が絞られてくる。

最先端プロセスでなくても巨大市場が形成されている

AMD、Intel、Qualcommなどが提供する最先端CPU市場の成長は今後も継続すると思うが、半導体アプリケーションがコンピュータ以外の広範な分野に拡大する現在では、半導体チップに求められる要件は高性能だけではなくなる。現にRF、パワー、MEMSなどの分野では200mm、150mmウェハも多数使用されており、それらの製品のプロセスルールは数世代前のものが使われている。

今後IoTが自動車、家電、住宅などに広がっていく中で、最先端の微細加工技術を使用したハイパフォーマンス製品の300mmウェハでの製造が必ずしも半導体ビジネスの最前線であるとは限らなくなる。

汎用品でない専用ASICの需要が増加する

Google、Amazon、Facebookなどの巨大IT企業によるASICの独自開発が盛んとなっている。Teslaなどもこれに加わる。これには半導体デバイスにやらせるタスクの多様化とそれに伴う専門性という需要側の要件と、半導体設計技術の進歩により設計環境のハードルが下がってきている供給側の要件が関係している。

これにより今までの半導体ビジネスのイロハであった、「高性能汎用品の大量生産によるコスト低減」という不文律は、「専用ASICの広い分野での活用」という方向に向かう部分が多くなるのではないかと思われる。今回のGFのASIC子会社の設立は、この市場ニーズの増加を察知してのことであろう。

これまで半導体市場をけん引してきた主要プレーヤーは半導体専業メーカーであった。その専業メーカーの統合は度重なる巨大買収により行きつくところまで行ってしまった感がある。この巨大化した専業メーカーから繰り出される巨大なアウトプットをどん欲に消費するユーザー企業側も、供給側が決めた仕様の製品を一方的に消費するだけではなくなる。

半導体デバイス市場の総体が拡大している中で、「どのプレーヤーがどのようなデバイスを消費するか」という変化をいち早く察知したGFの新CEOの英断に期待したい。

半導体業界はいつの世でもサバイバル・ゲームであることに変わりはない。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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