宇宙航空研究開発機構(JAXA)や国立天文台、NASA、欧州宇宙機関(ESA)をはじめ、複数の欧州各国も協力して開発を進めている、次世代太陽観測衛星「SOLAR-C」。その主力観測装置「高感度極端紫外線分光望遠鏡」(EUVST)の観測性能が、数値シミュレーションを活用した仮想観測によって実証されたことを、JAXAが8月6日に発表した。
同成果は、英・ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのマラード宇宙科学研究所(MSSL)のジェームズ・マッケビット研究員、JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)のSOLAR-Cプロジェクトマネージャを務める清水敏文教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、日本天文学会が刊行する英文論文誌「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載された。
EUVSTには、17nmから120nmの極紫外線領域を観測するための「短波長カメラ」(SWC)と「長波長カメラ」(LW IAPS)が搭載される計画で、そのうちSWCについては、ESAとの契約に基づいてMSSLがSWCの開発を担当している。現在、開発試験モデルを用いた性能評価が進められており、2026年秋には日本で開発中の望遠鏡構造に組み込まれ、観測装置全体の開発試験が行われる予定だ。
EUVSTは、広範な温度範囲にわたる太陽大気を世界最高レベルの高空間分解能で観測し、太陽物理学における2つの重要課題である「太陽大気、特に太陽コロナはどのように加熱されるのか」と、「どのように不安定化して宇宙天気現象を引き起こす噴出現象を発生させるのか」の解明を目的としている。なお、太陽大気とは、太陽表面の「光球」の上空にある「彩層」、遷移領域、そしてコロナのことを指す。
コロナの加熱は、太陽の大きな謎の1つだ。光球は約6,000度であるのにもかかわらず、太陽大気の最も外側に位置するコロナは100万度を超えており、核融合反応が起きている太陽中心核から遠いコロナの方が高温となるメカニズムは、完全には解明されていない。
また現代社会は、衛星測位や気象、通信、放送など、衛星インフラに大きく依存しているため、大規模な太陽フレアやそれに伴うコロナ質量放出などでそれらに大規模な障害が生じることで、社会が大きく混乱する危険性が高まっている。そのため、太陽の状態を天気予報のように把握して警戒を呼びかける「宇宙天気予報」の重要性が増しており、日本では情報通信研究機構がその役割を担って毎日情報を発信している。
このように最新技術で太陽に迫るSOLAR-Cは、世界中の研究機関がEUVSTのさまざまな装置の開発を担当している。EUVSTの性能が実際に達成されることはきわめて重要だ。SWCを開発するMSSLのマッケビット研究員らの研究チームは今回、SOLAR-Cの打上げ後にEUVSTがどのような観測を実現できるのか、詳細な予測をするためのシミュレーションを実施することにした。
今回の研究では、EUVSTの光学系およびSWCから構成される仮想観測モデル(数値シミュレーションの出力結果をEUVSTで観測した様子を仮想的に再現するモデル)の構築が行われた。
具体的には、太陽フレアが発生する直前の太陽活動領域を模した三次元磁気流体力学(MHD)シミュレーションのデータに対し、EUVSTが実際に観測した際に出力されるデータが詳細にモデル化された。観測機器開発、光学系・検出器技術、エンジニアリング、太陽物理学といった幅広い分野の知見を結びつけて構築されたこのモデルにより、現実的な観測条件のもとでEUVSTが発揮する観測性能の検証が可能となった。
SOLAR-Cを用いた分光観測では、空間分解能、波長分解能、感度、時間分解能(ケーデンス)をバランスよく組み合わせる必要があるという。今回の研究では、特にフレア発生前のダイナミックな太陽プラズマを観測するにあたり、空間分解能と時間分解能をどのように最適化すべきかが示されたとする。
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現行の太陽観測衛星「ひので」搭載の「極端紫外線撮像分光装置」の1秒角スリット(左)と、SOLAR-CのEUVSTの0.4秒角スリット(右、スリット方向に2画素のビニングを適用)による仮想観測結果の比較。Fe XII 195.119Å輝線について、スリットを縦軸方向に設定した上で、横軸方向にスキャンし、各スリット位置で40秒間露光した場合が模擬されている。(上段)輝線強度マップ。(下段)視線方向のドップラー速度マップ。フレアの前駆運動が見られる領域とコロナループ構造が示されている (C)JAXA/UCL(出所:ISAS Webサイト)
また、今回のシミュレーションにより、EUVSTが太陽プラズマの速度をどの程度正確に測定できるかも定量的に評価された。その結果、太陽プラズマの速度計測精度は、従来の観測装置と比べて約2倍に向上することが判明し、太陽大気が高温となる物理メカニズムを観測的に特定できる見通しが示されたとした。
なお研究チームは、今回の研究で使用したソフトウェアを、広く研究コミュニティ向けに公開中だ。「ECLIPSE」と命名されたこのソフトウェアは、Python APIを介して研究者がEUVSTの観測を自ら模擬し、出力される観測データを予測すると同時に、装置性能を評価することが可能とされている。
同ツールの活用により、EUVSTの観測計画の検討や、物理条件の異なる太陽プラズマの観測データ上の見え方の検証、さらにはSOLAR-Cの打上げ後に取り組むべき科学課題の準備を進めることが可能になるとされた。
今回の論文の筆頭著者であるMSSLのマッケビット研究員は、「コロナ加熱やフレア発生の引き金となる重要な物理過程の多くは、現在の観測装置では時間的にも空間的にも分解して捉えることが難しい微細なスケールで起こります。今回のシミュレーションは、現在は分解できずに一体となって見えてしまう構造や流れを、EUVSTではきちんと識別できることを示しています。これにより、太陽大気がどのように加熱されるのか、そしてフレアがどのように駆動されるのかについて、長年の仮説を直接検証できるようになります」とコメント。
また、SOLAR-CプロジェクトマネージャでISASの清水教授は、「今回新たに構築された仮想観測モデルには、太陽光がEUVSTの内部で観測データへ変換されるまでの詳細な過程が組み込まれています。現在、EUVSTを構成する鏡やカメラの試験評価が進められており、地上試験で得られる性能結果から実際の装置で行われる観測の能力を試験段階から定量的に評価することが可能です」と述べている。
