先日、駅前を歩いていたら、目の前のタクシーからボロ毛布がズルリと引き摺り下ろされた。引きずり出したのは、乗客の男。タクシーは男を乗せて走り去り、毛布は歩道に丸くなっている。なんだ駅前で不法投棄かよと思っていたら、毛布がむくりと立ち上がった。ビビっておしっこちびりそうになっていると、毛布かと思っていたのは若い女だった。彼女はむっくと起き上がり、泣きながら別のタクシーに乗り込んで去っていった。何が起こったのか知らないけど、若い人たちの恋愛(多分な)って、ずいぶんドラマチックなんだな。

『月の夜 星の朝』は、若くてポエムな男女が、のんきに泣いたり悩んだりする話である。この話、胸キュン恋愛漫画として大人気だったようだけど、大人になってから読み返してみると、最初から最後まで、何から何まで、のどかな田園風景って感じであった。

主人公・りおは、バスケが大好きな女子中学生。園児だったころに親戚の結婚式で出会い、愛らしくチューした相手、遼太郎くんが偶然にもバスケをしてたおかげで再会するところで話が始まる。初恋の相手と運命の再会。もー話が始まった途端、この二人はくっつくしかない感じの設定だ。そのうえ、りおはもちろん遼太郎もりおが大好きなことがまるわかりの描写で、リアルだったら10ページで話が終わりそうな感じである。

この二人に、ささやかな障害が降りかかってきてはあっさり解決し、また降りかかってはやり過ごし、みたいな感じでコミックス8巻まで軽くやきもきする。だけど人気恋愛少女漫画の基本としては、やきもきする内容が決してヘビーではないことが必須条件である。最終話に至るまで、二人は横恋慕当て馬キャラに邪魔されてみたり、親の事情で引っ越ししたり留学したり、いろんなことが起こって、そのたび二人は別れるだの別れないだの言い出すけれど、男といさかいが起こって、タクシーから引きずり出されるような事件は決して起こらない。

「この二人はくっつくに決まってるよ」という予定調和の中で、男女が(できればセックス抜きで)あれこれやる話が、女は大好きなのだ。心の傷に響くような痛い話がどこにもないから。リアルな恋愛はそうもいかないから、せめて仮想世界で楽しみたいのである。

『北斗の拳』のユリアが男にとって都合のいい、女の心にはどこにも響かないお人形さんキャラだったのと同じように、この遼太郎くんも現実感がないお人形キャラである。そうじゃなきゃ女のお楽しみは得られないわけだけど、次回はそんな話を。
<つづく>