海外にいると、日本の姿が違って見えてくる。日本食、カルチャー、トレンド、価値観……世界各地の目線から見える“ニッポンの今”とは? 現地在住ライターが、海外から“逆照射”される日本の面白さをお届けする連載、第4回のテーマは、「韓国で独自進化するヤクルト」。


「日本にもヤクルトが進出しているぞ!」「日本でも我らがヤクルトを発見!」――訪日韓国人数が訪韓日本人数を上回りはじめた2010年代前半。観光で日本を訪れた韓国人観光客からそんなSNSへの投稿が相次いだことがある。そう、ヤクルトを韓国発のブランドと思いこんでいた韓国人が少なくなかったのだ。

それほどまでにヤクルトは韓国社会にしっかりと根づいている。いや、それどころか日本以上に独自の進化を遂げている。たとえば「自走式冷蔵庫」。そして「ヤクルト・アジュンマ」を探すアプリなど。そんな韓国の「ヤクルト事情最前線」を紹介したい。

  • 韓国で日本以上の独自進化を遂げているヤクルト。自走式冷蔵庫にアジュンマ探しのアプリまで、“ヤクルト最前線”を紹介

    電動自走式冷蔵庫ココとフレッシュ・マネージャー(HY提供)

酷暑も極寒もものともしないヤクルト・アジュンマ

韓国ヤクルトを語る上で「ヤクルト・アジュンマ」の存在は欠かせない。

「アジュンマ」は辞書を見ると「オバさん」と訳されている。セールを漁り、市場はもとよりデパートやスーパーでもなりふり構わず値引き交渉をするなど、「韓国には男性と女性とアジュンマがいる」と揶揄されるが、つい最近まで男尊女卑を感じることが多々あった韓国で、夫を支え時には叱咤する強い行動力と忍耐力を併せ持ち、情に厚い側面もある。

ヤクルトを販売する女性たちの正式名は「フレッシュ・マネージャー」だが、夏の猛暑や冬の厳寒をものともせずヤクルトを売り続ける姿から「ヤクルト・アジュンマ」と呼ばれている。

  • 寒さをものともしないフレッシュ・マネージャーは「ヤクルト・アジュンマ」と呼ばれている

    寒さをものともしないフレッシュ・マネージャーは「ヤクルト・アジュンマ」と呼ばれている

韓国でヤクルトの販売が始まった1970年代、女性の職場は限られていた。長時間低賃金の販売員か飲食店員くらいしかなく、とりわけ子育て中の主婦の就労は不可能に近かった。そんななか、フレックス制を採用した「ヤクルトレディ」は主婦を中心に応募者が殺到。おしゃれなユニフォームも相まって憧れの職業になったという。

47人でスタートした「ヤクルト・アジュンマ」は現在、約1万1千人余り。早期退職が多い韓国で、平均勤続年数は12.5年に達している。

  • しゃれたユニフォームで憧れの職業に(HY提供)

    しゃれたユニフォームで憧れの職業に(HY提供)

Cold and Cool-自走式冷蔵庫「COCO(ココ)」

2010年頃から新たな問題が表面化した。ヤクルト・アジュンマの高年齢化と、トラックで宅配を行うインターネット販売業者との競合だ。そこで韓国ヤクルトは75億ウォンを投入して、電動カートの開発に取り組んだ。

ヤクルトから相談を受けたメーカーは、どのような天候でも、また韓国特有の坂やでこぼこ道でも動作するカートの開発に苦心したという。16種類の試作車を実際に試して、2014年、移動式冷蔵庫が完成。“cold and cool”の頭文字から「COCO(ココ)」と名付けられた。

2017年にはバージョンアップしたココ2.0が誕生し、改良型2.xを経て、2021年以降、ココ3.0に置き換えられた。庫内が従来モデルと比べて40リットル多い260リットルに広がり、上部の蓋を開けて出し入れするほか、側面にも引き出しが付く。65mlのヤクルトが2,200本も入るうえ、1回の充電で24時間冷蔵できるようになったという。ココを操縦するアジュンマたちは1日平均17キロを移動する。

  • ココ3.0は無人販売機能もある

    ココ3.0は無人販売機能もある

気になる道路交通法だが、ココを操るヤクルト・アジュンマは原動機運転免許を所持しているという。125ccまたは11キロワット以下の多輪車を運転できる免許で、レジャー用4輪バギー(ATV)を日常の足として利用する農村の高齢者が主に取得している免許である。なお、一世代前のココ2.xは2022年、カンボジアに22台が輸出され、ココ3.0では無人販売も行われている。

ヤクルト・アジュンマを探せ!

ある時、乗車していた市内バスの運転手が、赤信号で停まると同時に降りたことがある。伸びをするためか、トイレに行きたくなったかと思っていたら、なんとヤクルト製品が入った袋を手に戻ってきた。ヤクルト・アジュンマを見つけてから商品を選んで買う時間はなかったし、どのように買ったか疑問が残った。

韓国ヤクルトは2015年、スマートアプリの配布を開始した。商品検索と注文から決済までできるアプリで、ヤクルト・アジュンマを探す機能があり、名前と連絡先まで表示できる。“推しのアジュンマ”を探して電話で注文できるのだ。バス運転手は事前に注文して信号待ちの短い時間に受け取ったのだろう。

  • 近くにいるヤクルト・アジュンマを探せるアプリ。グリーンの「Fredit」は営業所

    近くにいるヤクルト・アジュンマを探せるアプリ。グリーンの「Fredit」は営業所

当初、鳴かず飛ばずだったアプリだが、翌2016年、ダウンロードする若者が急増した。折しも日本でスタートしたポケモンGOの韓国上陸を待ちきれない若者たちが、ヤクルト・アジュンマ探しをゲームとして楽しみながらヤクルト製品を買ったのだ。

アジュンマ探しがはじまると、どうやって位置情報を伝えているかが話題になった。ココにGPSが搭載されているという憶測も飛び交ったが、ヤクルト・アジュンマが携行している通信型決済端末は携帯電話回線を利用しており、その位置情報サービスと連動しているという。アプリを使ってミールなどを注文すると、ココに乗ったヤクルト・アジュンマが届けてくれるサービスもある。

1日380万本! 韓国人の13人に1人がヤクルトを愛飲

韓国でヤクルトを製造販売するHY社によると、韓国ではヤクルト製品が1日あたり約380万本消費されている。韓国人13人に1人がヤクルト製品を飲んでいる計算だ。

ヤクルト・アジュンマの活躍もさることながら、乳酸菌飲料という点も大きい。韓国人はキムチをはじめ、韓国味噌汁のテンジャンチゲや大豆を発酵させた清麹醤(チョングッチャン)、伝統酒のマッコリなど乳酸菌発酵食品を日常的に摂取しており、清麹醤の独特の匂いを敬遠する人たちは納豆を食べる。

  • 【写真】大容量が好まれる韓国で人気の「ヤクルトグランド」。通常サイズと比べると一目瞭然だ

    大容量を好む消費者が多い韓国では、280ミリリットルの「ヤクルトグランド」が人気

乳酸菌発酵食品は、冷蔵庫がなかった時代に長期保存できる調理法として定着したが、近年、多くの韓国人が消化を助ける腸活や美容、免疫力アップなど健康効果を目的に食べている。2019年に韓国で日本製品不買運動が拡散したとき、乳酸菌飲料市場で70%のシェアがあるヤクルトは不買対象品目を示した「ノーノージャパン」リストから除外された。

ピリ辛ラーメンがブームを巻き起こす

消費者のニーズに合わせた商品開発も、韓国ヤクルトの強みである。韓国は大容量を好む消費者が多く、280ミリリットルの「ヤクルトグランド」を発売すると、販売チャネルとして選択したコンビニエンスストアで販売飲料部門の販売量1位を記録した。糖分を50%減らした「ヤクルトライト」は、オリジナルの8倍を超えるヒット商品となっている。

韓国ヤクルトが2011年に発売したインスタントラーメン「ココ麺」も、瞬く間にヒットした。赤くて辛い韓国ラーメンが多いなか、「ココ麺」は鶏ベースの白いスープのピリ辛で、それまでにない食感から人気が急増。ライバル製品も登場するヒット商品となり、韓国ヤクルトはラーメン事業を分社した。韓国のヤクルト製品は日本では入手できないが、「パルド(Paldo)」ラーメンは通販サイトで購入できるようだ。

  • Paldoの人気商品「ココ麺」

    Paldoの人気商品「ココ麺」

ヤクルトの韓国進出は1969年。日本企業の韓国進出は1965年の国交正常化以降なので、韓国政府機関に登録されている3,000社近い在韓日系企業の先駆け的な存在といえるだろう。進出50周年を迎えた2019年までに約500億本を販売したヤクルトは、在韓日系ビジネスマンの羨望の的にもなっている。