若い方はきっと驚かれるでしょうが、平成の中期あたりまで、芸能人はお子さんが生まれると、その名前を公開していたのです。個人情報という概念があまりなかったんでしょうが、今考えると、危なくて仕方ない。明石家さんまと女優・大竹しのぶとの間に赤ちゃんが生まれたときも、この慣例にのっとって名前が発表されたのですが、“いまる”と発表されたとき、多くの人が「なんでだろう……」と思ったことでしょう。実はこれはさんまの座右の銘である「生きているだけで、丸儲け」からきているのだとか。

  • イラスト:井内愛

その頃、私はまだ高校生くらいでしたが、違和感があったのです。たとえば、オリンピックのゴールドメダリストが怪我をして、競技を続けられなくなった。でも、命は取られずに済んだのだから「生きているだけで、丸儲け」ならわかる。しかし、さんまのように若くしてスターとなり、お笑いビッグ3となり、NHK主催の「好きなタレント」調査に5年連続で輝いた、つまりキラキラした人がこんなことを思うものなのかと思ったからなのです。

でも、それは決めつけというもので、おそらく「生きているだけで、丸儲け」というのは本心なのではないかと思います。なぜなら、時代を代表するスターと呼ばれる人の人生を追っていくと、そこに“死”がつきまとうことに気づかされるからです。

スターの人生には、悲劇がつきまとう

昭和の大スター・美空ひばりさんはお母さんを見送った翌年、自分の仕事を支えてくれていた弟さん二人を相次いで亡くしています。まだ二人とも40代の若さでした。引退した安室奈美恵さんは、お母さんを義弟(お母さんの再婚相手の弟)に殺されるというショッキングな事件に遭遇しています。ビートたけしの師匠、深見千三郎さんはタバコの火の不始末が原因で起こした火事がもとで、亡くなっています。DREAMS COME TRUEのボーカル、吉田美和さんは事実婚していた年下夫を、松田聖子さんは一人娘の神田沙也加さんを亡くしたことはご記憶の方も多いことでしょう。

スターだから、取材によって身内の死が明らかになってしまった部分もあるでしょう。しかし、少なくとも、明石家さんまという人は、死を感じる出来事がフツウの人より多かったのかもしれません。

さんまの人生も、実は死を感じる出来事が多かった

2019年2月9日放送のラジオ番組「ヤングタウン土曜日」(MBS放送)において、さんまは実母が三歳の時に病気で亡くなったことを明かしています。これは別の番組で話していたことですが、お父さんが再婚し、やがて男の子が生まれます。さんまにはお兄さんがいて、彼は跡取りということでかわいがられる。後添えさんは生まれたばかりの弟をかわいがり、さんまは居場所がなかったそうです。そのため、どうにかして、自分に注目を集めようと考えて、人を笑わせるようになったと話していました。明るく話していましたが、辛いこともあった少年時代だったのではないでしょうか。

またエムカク氏の著作「明石家さんまヒストリー2 1982~1985」(新潮社)によると、さんまの実家で火事が起こり、さんまがとてもかわいがっていた異母弟は亡くなったそうです。

これはご存じの方も多いかもしれませんが、1985年に日本航空123便が墜落するという大事故が起こりましたが、さんまはこの便に搭乗する予定だったそうです。たまたま仕事が早く終わり、一本早い便に乗ることになったために難を逃れたのだそうです。

さんまの前妻は女優・大竹しのぶですが、彼女との結婚にも“死”が感じられます。大竹はTBSのプロデューサーと結婚していましたが、結婚二年目に夫が末期がんであることがわかります。さんまと大竹はドラマで共演しており、夫の病状を誰にも打ち明けられずにいた大竹が、寝ないと有名なさんまに電話をかけると、「なんでっか?」といつまでも電話につきあってくれたそうです。その結果、さんまは交際相手と別れ、大竹と結婚することになったとか。

さんまの面白さを構成しているのは、不条理や辛さなのかも

さんまの人生に時折、影を差す“死”。前出・エムカク氏の「明石家さんまヒストリー2 1982~1985」には、さんまが月刊誌の取材に答えて、“死”についてふれたことが掲載されています。

「最近、考えたんは、自分が死んでも、周りが悲しんだり泣いたりするんは、せいぜい一週間。なんやたいしたことないってさとりましたん。それによってスパっとふっきれたことがありますね」
「俺はなぁ、悲しいことも辛いことも、あるとき、全部笑いに変えたんねんって決めたんや」

これらの発言から考えると、彼は底抜けに明るいわけでも、悲しみのない人生を送っているわけでもないのでしょう。当たり前のことですが、人には見せない悲しみがあるのだと思います。こうやって考えていくと、さんまの面白さを構成しているのは、“死”をはじめとする不条理や辛さなのではないでしょうか。

メメント・モリという言葉をご存じでしょうか。「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」「死を思え」という意味のラテン語ですが、お笑い怪獣として底知れぬパワーを発揮できるのは、彼が「いつ死んでもいい」「生きているだけで、丸儲け」と心から信じているからなのかもしれません。新型コロナは未だに終息の気配が見えませんが、だからこそ「これが最後でも、後悔しないか?」を胸に生きることは、必要なのかもしれません。