今やバラエテイ番組に欠かせない存在となったIKKOさん。彼女を見ていると「自分は裏方出身の人間で、芸を磨いてきたわけではないから」と自分よりはるか年下の芸人を立てる姿が見受けられます。「私には本業があるから、タレント業ができる」とも話していて、あくまでも美容家が軸であること話もしています。

  • イラスト:井内愛

度肝を抜かれるほどの、仕事にかけるIKKOさんの熱意

私が彼女を最初に見たのは、確か2000年代初頭、情報番組「ジャスト」(TBS系)でした。カリスマヘアメイクとして紹介されたIKKOさんですが、私が度肝を抜かれたのは、仕事にかける熱意なのでした。記憶で書いているので間違っていたら申し訳ないのですが、女優さんのメイクをやるためにバスを借りて、室内も壁紙までピンクにする。エステのベッドを持ち込んで、女優に裸になってもらい、足裏から始めて全身オイルマッサージをしていく。IKKOさん曰く「全身の血行がよくなると、メイクのノリがいい」とのこと。いや、確かにそうでしょうが、だからといってここまでやるとは! 女優の間では「IKKOさんにメイクしてもらうのが楽しみ。気持ちよくてきれいになれる」と言われていたそうですが、スタッフは室内の飾りつけのために数時間しか寝ていないとか何とか話していた気がします。本当にお疲れさまでした。

“弟子を抱える”ことのお金と重圧

IKKOさんのように「いつものようにやればいい」と思えないタイプの人の弟子になることは、常に神経を張ってIKKOさんの動きを予測しなければならないわけですから、向き不向きがあると思うのです。その昔、「ガキの使いやあらへんで」(日本テレビ系)でお腹がすいたIKKOさんが料理を作っていたのですが、空腹でイライラしていたからでしょう、手伝うスタッフにグズとかノロいとか言っていたことがありました。本気で言っていたわけではないと思いますが、あれだって弟子によっては「パワハラ」と受け止めるかもしれません。

かといって、IKKOさんがもっと優しく話すべきだと思っているわけではないのです。弟子というと、無料のお手伝いさんだと思う人もいるかもしれませんが、弟子を抱えるというのは、とてもお金がかかることなんだそうです。「アナザースカイ」(日本テレビ系)に出演したIKKOさんは、弟子を抱えてひと月にいくら稼がなくてはいけないという重圧に悩んだと話していましたが、IKKOさんに限らず、落語なども弟子を抱えるとお金は相当かかるそうです。なぜなら、給料はもちろんのこと、弟子が食っていけるような道筋をつけるのも師匠の仕事だから。

愛情と責任感がないと務まらないのが“師匠”

美容や落語など、職人的な技の世界に憧れて若者が扉を叩いたとしても、みんなが一流になれるわけではない。それは師匠が見ればよくわかるはず。そんなとき、その世界からいなくなっても食べて行けるようにある程度の道筋をつけるのも師匠の役目なんだそうです。弟子を取るのは人手が必要というのが第一義でしょうが、ある程度の責任感とか愛情がなければとても務まらないのではないでしょうか。問題は、その愛の伝え方です。私はぶっきらぼうにしゃべる人は愛がないと思うタイプではないのですが、今の若者はたぶんそうではないでしょう。そうなると師匠が弟子に気を使わなければいけなくなる。それはそれでやりにくいだろうと思っていたのです。

IKKOさんはなぜ「聞きたーい?」と問うのか

もう一つ気になったこと、それはIKKOさんがバラエテイ番組で時々「聞きたーい?」ということなのでした。芸人と二人で話しているときに「聞きたーい?」と言い、芸人に「聞きたいに決まっているじゃないですか」と返されるのですが、なぜIKKOさんは自分に聞かれていることがわかっているのに「聞きたーい?」と言うのか。そんなことを思っているときに、2022年11月20日放送の「ボクらの時代」(フジテレビ系)を見て、なるほどなーと思ったのでした。

同番組は美容家・たかの友梨、タレント・アンミカとの鼎談でしたが、たかのセンセイはIKKOさんの猛烈な仕事ぶりを紹介します。世界のエステをまわるという番組で、たかのセンセイはモロッコに行きますが、その時のメイクさんがIKKOさんだったそう。モロッコの広場でIKKOさんがきれいにメイクしたたかのセンセイが撮影に臨みますが、近くにいた大道芸人の肩に止まっていたサルが、なぜかたかのセンセイの頭にとびかかろうとそう。すると、IKKOさんはとりゃーっという声を出しながら、身を挺して、たかのセンセイを守ったそう。それくらい仕事熱心な人ですから、モロッコからの帰りの飛行機で弟子と反省会が始まると20時間くらいたってしまって一睡もできなかったそうです。寝かしてあげてー。

厳しい時代に修行を積み、トップを極めた人が、いくら「今はそういう時代じゃない」と言われても、自分のやり方を変えるのは並大抵のことではないと思います。実際、IKKOさんも「この10年は大変でした」「受け止めていくしかない」と葛藤があったことを明かしています。それではどう変えたのかというと「聞きたいって言う子たちには教えるようにしている、聞きたくないという子に教えてもお互いにマイナスなので」と説明していました。つまり、IKKOさんから学びたい、技を盗みたい子には「聞きたい?」と意志の確認をした上で教えるけれど、言われたことだけやっていれば満足なタイプには、IKKOさんが苦労して得た知識を教えることはないということでしょう。テレビでの「聞きたい?」も同様で、相手の芸人からの扱いが雑だったり、あまり熱意がないときに「聞きたい?」と口にしているのではないでしょうか。

一流の人というのは、情熱が半端ない

現代は「ほめて育てよ」という時代ですが、心理学ではご褒美がやる気を失わせるという実験結果があります。「いい点数を取ったら、ご褒美をあげるよ」と言う方法はポピュラーですが、この方法をとると「ご褒美がもらえないなら、勉強してもしょうがないか」と勉強する意欲を失ってしまうのだそうです。ほめたりお小遣いをあげるなどの報酬を与えることで、本来感じていた好奇心が失われてしまうことはアンダーマイニング現象と呼ばれています。人を伸ばすのは、お金でもほめ言葉でもなく、本人の情熱なのでしょう。

IKKOさんに限らず、一流の人というのは情熱が半端ない。世界的デザイナー・森英恵センセイも晩年も暇さえあれば服を作っていたという話を聞いたことがあります。もしお金のためなら、そこまでやらなくてもよかったはず。やらずにはおれない性なのかもしれません。

自分の情熱にはとことんつきあい、一方で他人には小さな関所をもうけて、時代にあわせた指導をする。IKKOさんのような一流の人は、緩急つけるのがうまいのかもしれないと思ったのでした。