薬剤師として30年以上のキャリアを誇るフリードリヒ2世さんが、日常のさまざまなシーンでお世話になっている薬に関する正しい知識を伝える連載「薬を飲む知恵・飲まぬ知恵」。今回は医学的根拠に関するお話です。
エビデンスはどこにある?
映画マニアの筆者が好きなアメリカ映画に『十二人の怒れる男』(原題: 12 Angry Men、1957年製作)があります。シドニー・ルメット監督、ヘンリー・フォンダ主演の同作は、法廷サスペンスの傑作です。1997年にはウィリアム・フリードキン監督によってリメイクされたこともあり、ご覧になった方もいるでしょう(DVDやブルーレイディスクで安く入手できます)。
18歳の少年が起こした殺人事件。どう見ても有罪が相当と思われるのですが、12人の陪審員のうち1人(フォンダ)だけが無罪を主張します。彼は巧みな論述で他の陪審員の考えを次々と変えていきます。果たして審議の行方は……。
映画の中で繰り返し登場する言葉が「エビデンス: evidence」です。日本語でいうと「根拠」「証拠」「証言」といったところでしょうか。この映画は裁判をテーマにしたものですから、映画の中では「その結論に至るにはエビデンスが弱い」「あなたの意見はエビデンスに欠ける」「いったい全体、肝心なエビデンスはどこにあるのだ」……といった具合に使われていました。
アメリカの友人に確認したのですが、どうやらアメリカ人は専門用語としてではなく、日常語としてevidenceをよく使うようです。最近は日本でもあらゆる分野でこの言葉がカタカナのままで使われるようになりました。一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
薬のエビデンスをどう判断するのか
ところで、かつてアメリカのハンバーガーのテレビコマーシャルで「Where is the beef? 」(肉はどこにある?)というセリフが使われていました。1980年代にハンバーガーチェーンのウェンディーズという会社が、小さなお肉がパンに挟まっている他社のハンバーガーをこのように揶揄しつつ、「わがウェンディーズ社の肉はデカい」と宣伝したのです。
このコマーシャルは米国民に大いに受けました。これ以降、「Where is the beef? 」は「肝心なものはどこにある? 」という意味のイディオム(慣用句)としての地位を確立しました。
そして、このbeefをevidenceに置き換えたものが、最近の医学界で一世を風靡している「エビデンス(根拠)に基づく医療(Evidence Based Medicine: EBM)」という方法論です。この概念は1990年代以降、世界中の医療界に広がりました。そのキモは「この治療法の肝心なところ(=根拠: エビデンス)はどこにある? 」です。
ある病気に対して薬を使うなら、確実に効き目のある薬を使わないと意味がないですよね。ではある薬があったとして、その薬が「間違いなく効果的である」ことをどのように判断しますか?
「効くと言っている人が世間にたくさんいる」「著名な医師や有名人が効くと言っている」「雑誌やインターネットに『効く』と書いてあるのをよく見かける」「テレビの人気番組で司会者が効くと言っていた」……etc.残念ながら、このような情報で判断するのは、あまり科学的とは言えません。
そこで医療界では、厳密なルールに基づいた「臨床試験」(日本では「治験」と言います)を実施して判定します。ここで登場するのが「エビデンス」と「EBM」です。有名な英国オクスフォード大学には「EBMセンター」という医療情報サイトがあるほどです。興味のある方はご覧になってください。