"茶の湯"の所作や心得、教養を学び、また癒しを得ることで、ビジネスパーソンの心の落ち着きと人間力、直観力を高めるためのビジネス茶道の第一人者である水上麻由子。本連載では、水上が各界のキーパーソンを茶室に招き、仕事に対する姿勢・考え方について聞いていく。
第16回は、PKSHA Technology (パークシャテクノロジー)でコミュニケーションテック領域のリーダーとして活躍しながらも、茶の湯においては「小武海宗徹」として若手による茶道同好会「六林会」を主催する小武海徹氏に話を伺った。
PKSHAの事業開発リーダーとしての小武海氏
PKSHA Technology (以下、PKSHA)において、さまざまな業界のDXを推進している小武海徹氏。もともとは理工学部において、とある領域に特化した研究を行っていたが、大学院ではシステム開発の方法論に転向。卒業後は国内の大手鉄道会社や大手インフラ企業においてシステム開発や投資計画に携わっていたという。
その後、戦略コンサルティングファームに転職し事業戦略策定に従事したが、より世の中に対しインパクトのある仕事がしたいと考え、PKSHAに参画。企業がAI技術を活用して顧客満足度を高めるための、AIのインタラクションデザインを担当している。
「コミュニケーション×テクノロジーという問いは非常に面白いんです。AIを介在させることで、人と人とのコミュニケーション、あるいは人と組織体とのコミュニケーションのあり方をどう最適化していけるかという行為なんですよね」
ここ数年でAI技術は飛躍的に向上し、対話や分析のみならず、文章やイラスト、音楽や音声に至るまで、応用の幅が広がり続けている。将来的にAIとのコミュニケーションは自然言語ベースで行うことができ、プログラミング言語を覚える必要もなくなっていくだろう。例えばコンタクトセンターでは、すでにオペレーターの顧客応対をサポートするために使われている。小武海氏は現在、コミュニケーションに関する知識を活かしてコーチング活動も行っているという。
「私は人の認知に非常に興味がありまして、以前やっていた磁性体の研究も、記憶素子で人のようなファジーな連想記憶を行う基礎研究でした。なにが美しく見えるのか、何が人の感性たらしめているのかを知りたかったんです。人のある一定の認知機能や処理機能をモデル化するという話なので、PKSHAでやっていることも根っこは同じなんです。コーチングは認知科学を応用していますから、繋がっているところがあるんですよね」
茶人「小武海宗徹」としての小武海氏
小武海氏は、AI開発やコーチングの専門家としての顔以外にもうひとつの顔を持っている。それは、表千家の茶人「小武海宗徹」としての活動だ。
小武海氏が茶道と巡り会ったのは8歳のころ。初めは「お菓子が食べられるから」という理由で茶道教室に通っていたが、次第にその世界観の奥深さに惹かれていったという。そして京都の家元で行われた短期講習会をきっかけに、若手による茶道団体「六林会」を2009年に発足。現在は東京を拠点とし、年数回の茶会を主催している。
「お茶はかれこれ25年くらい続けています。思えば、幼少期から領域を広げるのが好きでした。工作でなにかを作ったら友だちの作品と組み合わせてみたりしていましたね。お茶にも、掛け軸やお花、茶器などを組み合わせた横断的な世界観のようなものがあって、そこに惹かれたんだろうなと。やればやるほど世界が繋がり、世界観に広がりが出てくるんです。いまやっている仕事に近しいところがあると思います」
小さい子にはお茶のお点前をさせて、お菓子を食べさせれば良いと思いがちだが、小武海氏は幼い頃から茶道に関するお話を聞いたり、本を読んだりする機会が得られただけでなく、七事式(※)にも触れることができたという。子どもにとってはカリキュラムもゲーム感覚で楽しいだろうし、子どもだからこそ覚えも速そうだ。
※茶道の千家で制定された、茶の湯の精神、技術を磨くための七つの稽古法。数茶(かずちゃ)、廻花(まわりばな)、廻炭(まわりずみ)、且座(さざ)、茶カブキ、一二三(いちにさん)、花月(かげつ)。
茶道もコミュニケーションデザイン
AI開発と茶道の二足のわらじを履いている小武海氏。同氏が感じる共通点は、それぞれの活動にどのような影響を与えているのだろうか。
「私は、茶道もコミュニケーションデザインだと思っています。いかに人と人が心地よく“直心の交わり”を実現するかを考えたのがお茶です。そのために道具や物語、空間などを介在させるわけです。アングルは違いますが、同じ方向に向き合っているんですね。ですからAI開発時に、お茶に立ち返って考えることで見えてくることがありますし、逆に、AIを活用した新しいコミュニケーションから茶の湯の空間をアップデートできるかもしれません。この両輪を回しながら、両方を高めていきたいですね」
AI開発の中心は現在のところ欧米諸国だ。OSを初めとしたソフトウェアの開発において日本は後塵を拝しているが、小武海氏はAIが発展した後に日本の強みが活かされるのではないかと話す。
「日本は、外からなにかを輸入して応用するのが得意な文化を持っています。AIもそうなのではないでしょうか。日本は製造業などにも強みがありますので、AIを活用してデジタルとリアル空間の両面で価値を作ることができれば、非常にチャンスがあると私は思っています」
自分は本質的になにをやり続けている人間なのか
小武海氏は転職でキャリアアップしてきたビジネスパーソンの一人でもある。転職は多くの人が悩む問題だ。小武海氏はもともと自身のキャリアを考えて転職してきたが、コーチングに出会ってから、自分が本質的に何を求めているのかを考えるようになったという。
「私は、組織のビジョンと自分のやりたいことが重なったときに組織に属するべきだと思っています。それを知るためには、自分と向き合い対話しないといけません。自分が表層的にやりたいと思うことと、やっていることが乖離していることは結構あるのです。承認欲求だったり過去の投影だったり、その人が本質にとり続けている行動があって、それに向き合うとストレスがなくなります。お茶もそんな自分と向き合う場所のひとつかもしれませんし、AIがそのためのツールとして役立つ時代が来るのかもしれません」
小武海氏の主催する「六林会」は、お茶会や茶事を企画し、クリエイターや職人さんとコラボしながら面白いお茶を作っていく会だという。35歳前後の世代を中心に、茶道の経験者もそうでない人も集まって、さまざまな取り組みを行っている。手作りにこだわり、茶器も手作り。これまでには使われてない茶室を復活させたり、耕作放棄地を開墾して茶室空間を作ったりもしたそうだ。
「お茶もAIもそうですが、私はコミュニケーションのあり方を常に考えています。人間の感覚に根ざしたクリエイティビティを発揮しながら、どうコミュニケーションデザインをしていくか。興味のある方ともっと議論がしたいですし、ぜひ一緒に考えていきましょう」
最後に、小武海氏に20代のビジネスパーソンに向けたメッセージをいただいたので、ご紹介しておきたい。
「仕事と自分の本質的な行動パターンと重ねることが、やはり仕事を面白くするポイントだと思います。一緒に働いて活躍している人たちを見ると自分で問いをたてて動いていますし、私自身もそうなれるように意識していますね。自分が本質的に何をやり続けている人間なのかを知ることが、幸せの第一歩だと思います」