"茶の湯"の所作や心得、教養を学び、また癒しを得ることで、ビジネスパーソンの心の落ち着きと人間力、直観力を高めるためのビジネス茶道の第一人者である水上麻由子。本連載では、水上が各界のキーパーソンを茶室に招き、仕事に対する姿勢・考え方について聞いていく。
第14回は、拙著「おうち茶道のすすめ」の装丁を担当した松島遥奈さんにお話を伺った。広告代理店でアートディレクターとして働く傍ら、フリーランスのデザイナーとしても活動を行っている松島さんが、装丁にどのような思いを込めたのか聞いてみたい。
アートディレクター兼フリーのデザイナーとして活躍
多摩美術大学グラフィックデザイン学科を卒業後、広告代理店でアートディレクターとして働いているという松島遥奈さん。ユニバーサルスタジオジャパンや船場センタービルをはじめ、さまざまなクライアントの広告やキャンペーン等のアートディレクションを手がけているという。フリーの仕事としては、舞台芸術団体「HANA'S MELANCHOLY」の広報美術などを担当している。
「私は大学でずっとグラフィックデザインの勉強をしてきました。会社では広告のアートディレクションをしていますが、広告の仕事とデザインの仕事は近いようで遠い存在です。会社でのアートディレクションはクライアントワークであり、ブランドのアウトプットを管理する仕事で、自分の作品とは言えません。学んできたことを活かしてグラフィックデザインの仕事もしたいという思いが常にあり、フリーランスでもお仕事をさせてもらっています」(松島さん)。
松島さん自身、本のデザインは一度やってみたかった仕事だったという。一方で、水上の「おうち茶道のすすめ」という本の出版企画が進行していて、かねてからその活躍に注目していた松島さんを編集者に紹介したところ、「"おうち茶道"という新しい提案にマッチするのではないか?」と依頼が決まった。装丁は消費者にとても近い位置にあるデザインであり、水上の茶道の活動を見て、「グラフィックデザインの強みが活かせるのでは」と思ったそうだ。
「おうち茶道は、トラディショナルで敷居が高い茶道を日常に取り入れることを提案している本です。コロナ禍という大きな変化があったなかでの、新しい提案だと思いました」(松島さん)。
おうち茶道の意義をデザインに込める
ここで少しだけ、おうち茶道について紹介しておきたい。この本では、敷居が高いと思われがちな茶道を、稽古場に入門することなく、どこでも誰でも始められるような形で日常的に楽しもうという提案をしている。用意していただく道具やおうち茶道の手順は、わかりやすく説明しつつ、あまり知られていない茶の歴史や効能、日本の伝統文化として確立されるまでのエピソードや茶道の精神性についても触れた。体験談として、おうち茶道を始めたことで得た新たな気づきや気持ちの変化も語られている。
「私は表現において色をとても大切にしています。色にもさまざまなメッセージを込めることができ、パッと見の印象でコミュニケーションできるからです。これまでの茶道の本は伝統文化に基づく渋い装丁が多く、写真が多用されている印象がありました。今回はおうち茶道という新しい言葉も生まれたように、まったく新しい装丁にしたいという思いがあり、これまでの茶道の本にはあまり使われていない色を使用しました。茶道という固定概念とのギャップで、より多くの人に手に取ってもらえると考えたからです」(松島さん)。
松島さんからは4つほどの案をいただいたが、最終的には案を進化・融合させ、おうち茶道で使用する茶道具をアイコン化したデザインが採用された。グリーンをベースに、日本の伝統色から選んだオレンジ(黄丹)、そしてクリーム色で構成されている。ちなみに、中央のラインは畳の縁をイメージしたものだ。
「アイコン化は日本の文化として根付いていると思います。松・梅・桜はデフォルメされた形でも分かりますし、六角形の形は亀を意味します。日本人はそういった洗練されたメッセージをつくるのが好きだし、読み取ることも得意なのではないでしょうか」(松島さん)。
お茶の世界も、一つひとつの所作や道具について解説するのは野暮、感じ取れるのが粋という文化がある。だが、それが茶道のハードルを上げてしまっている。象徴性と具体性のバランスも大事であり、気づいてもらいたいところには気づいてもらわないといけない。
「アイコン化した茶道具は、茶道をしていない人には分からないかも知れません。でも分かりやすい絵を描くなら写真でも良いわけです。それよりもまず『新しいな』『かわいくてポップだな』を引き出したいと思いました。お茶をしている人の半分くらいの人に分かってもらい、お茶を知らない人には「なんだろう?」という気持ちで手に取ってもらえれば」(松島さん)。
松島さんは、「誰もがそこに込められた意味を理解できるわけではないが、読み解いたり発見したりする楽しみが隠されている」という絶妙なデザインに仕上げてくれたと思う。背表紙、カバーのそでや帯の下にも工夫が施されており、それが茶の湯の世界をうまく表現している。
「装丁は本の顔であり、手に取ってもらわなければ中身を読んでもらえません。本著の内容は『まずはお家でお茶を点てて楽しんで欲しい』というシンプルなものだと思います。タイトルのフォントは明朝体をベースに、より敷居を下げられるようなデザインにし、アイコンと合わせたときの面白さ、読みやすさを重視しました」(松島さん)。
仕事をクリアしてこそ自分の好きなことがやれる
松島さんはまだ20代ながらも、自らの感性を生かして妥協せずデザインしてくれた。ひとりのビジネスパーソンとして、いま心がけていることを伺ってみたい。
「自分の仕事で大切なのは、アートディレクションやデザインでクライアントの課題や悩みを解決すること。それをクリアしないかぎり、自分の好きなことをやっても仕方がないと思っています。この順序が逆にならないように気をつけています」(松島さん)。
今回、本を作るという仕事の中で、水上はコミュニケーションの大切さを改めて感じた。出版社、編集者、デザイナー、イラストレーター、著者、それぞれ立場や業界が違うと、使う言葉や進行の習慣が異なる。考え方や習慣の異なる人たちがひとつの目標に向かうには、互いに敬意を払った上で自らの考えを出し合わないといけない。ともに心を開いて信頼関係を築こうとする姿勢は、まさに茶道が大切にしている和敬の精神だと感じた。